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【解説】ADK“電撃買収” ― 韓国ゲーム会社参入の広告業界、キャリア戦略はどう変わる?

日本の総合広告代理店ADKホールディングスが、韓国のゲーム大手KRAFTON(クラフトン)に買収されることが2025年6月に発表された。


長年にわたって業界第3位の地位を築いていたADKが、わずか750億円という金額で海外企業の傘下に入る衝撃は大きい。


激変する広告業界で、今後のキャリアパスはどうなるのか。ワンキャリア転職に集まる転職体験談や現役社員のクチコミをもとに、揺れる広告業界の現状と、そこで働く人々の次なるキャリア戦略を徹底分析する。







1. ADK買収はなぜ起きたのか


1-1. かつての業界3位が750億円で買収される現実


ADKは1956年に創業された旭通信社が前身で、2019年に現在のホールディングス体制へ移行した。電通、博報堂に次ぐ業界3位の広告代理店としての地位を長く築いていたが、インターネット広告の普及もあり、近年はサイバーエージェントに広告売上で後塵を拝していた。


2017年には米投資ファンドのベインキャピタルによるTOB(株式公開買い付け)が成立し、非上場で経営改革を推進していた。TOBの総額は1500億円との報道もあり、今回の買収額は750億円とされるので、経営改革の途中に半額で買い取られた形だ。


近年は事業課題を抱えていたとはいえ「買収額が安い」という意見が出てきそうな金額であり、買収の事実と共に驚きを持って受け止めた人もいるのではないだろうか。


(参考1)「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」手がける広告大手ADK、韓国ゲーム大手の傘下に…750億円で親会社の全株取得

(参考2)米ベイン、アサツーDKをTOBで買収へ-総額は最大1517億円 - Bloomberg



1-2. 買収した韓国企業クラフトンとは?


クラフトンは韓国で2007年に設立されたゲーム開発会社だ。2021年に韓国取引所に上場し、日本法人もある。バトルロイヤル型オンラインゲーム『PUBG(PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS)』が世界中でヒットしており、24年の売上高は2兆7098億ウォン(約2880億円)とされる。


日本法人のプレスリリースによると「今後5年以内に総売上高7兆ウォンを達成し、企業価値を倍増させる」という中長期的な目標を掲げている。PUBGなどのIP(知的財産)を活用したビジネス展開に力を入れる方針で、ADK以外の企業にもグローバルで出資・買収し、コンテンツの多角化を図っている。



1-3. なぜゲーム会社がADKを買収したのか


クラフトンの狙いは、ADKが得意とするアニメ制作やキャラクタービジネスといったIPビジネスのノウハウを手に入れることと推測できる。


今回の買収にあたり、クラフトンのキム・チャンハン代表はADKのプレスリリースで、次のようなコメントを出している。


ADKは、日本のコンテンツ産業に深い理解を有し、アニメーションの企画・制作、広告、マーケティング、メディア運営など多岐にわたる分野で卓越した専門知識と実行力を備えたパートナーです。ADKとの協業を通じて、クラフトンはゲームとアニメーションの間の多様な接点を継続的に特定し、両社の強みを有機的に融合させることで、グローバルなコンテンツビジネスにおける新たな機会を創造していきます


ADKは広告代理店でありながら「アニメーションのADK」と言われるほど、アニメ事業を強みの1つとしてきた。「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」など人気アニメの制作に関わってきただけでなく、そこから派生する商品・サービス展開も手掛けてきた。


例えば、1971年に仮面ライダーをオンエアする際には玩具メーカーと組み、番組の中でヒーローが使っている「変身ベルト」などの小道具をおもちゃとして日本で初めて販売。これが大成功を収め、鉄板のビジネスモデルとなったという。


クラフトンがADKを買収したのは、この「IPビジネスのヒットプロデューサー」としての実績や人脈、ノウハウに目を付けた、といえるだろう。


(参考)ADK採用サイト






2. 変化する広告業界、ADK買収で人材移動が起きる?


2-1. デジタルシフトで遅れを取った大手広告代理店


広告業界に目を向けると、日本の広告市場ではインターネットが最大の広告媒体になりつつあり、デジタル化対応は広告代理店の生死を分ける問題となっている。電通のニュースリリースによると、2021年にはインターネット広告費がマス4媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の広告費を初めて上回り、2024年は、日本の総広告費約7.6兆円のうちインターネット広告費が約3.6兆円に上り、全体の47%を占めている。




大手広告代理店はインターネット広告に注力するデジタルシフトを迫られているが、マス4媒体の広告売上も大きい分、既存のビジネスモデルからの転換は簡単ではない。そのことは、ワンキャリア転職に寄せられた広告代理店の社員クチコミからもうかがえる。


悩ましい。もがいている。というのが正解なのではないでしょうか。
既存のマスビジネスからの脱却。
マーケティング領域から実践領域、ミライなど様々な組織が立ち上がり、行動しています。変化に対応する会社を目指しているのは確かです(博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ/法人営業


これまでの広告のみでのビジネスでは難しい状況。会社としてもBXやDXにも力を入れており、幅広い分野でビジネス展開をしようとしている(電通/法人営業


上位の代理店と比較すると、デジタルにおいて遅れをとっている印象があります。ですが全社的にマスだけではなくデジタルに注力していかなくてはならないという動きはあります(ADKホールディングス/メディアプランナー


ADKのプレスリリースでは「クラフトンの有するグローバルIPやネットワーク、テクノロジーおよび資金力等を活かし、お互いのユニークネスを最大限活用した持続的成長が期待できる」との記載がある。


グローバルでゲームビジネスを展開してきたクラフトンの傘下に入ることで、ADKとしては積年の課題であるデジタル化やグローバル展開を加速させたい狙いもあるといえるだろう。



2-2. クチコミから読み解くADK現場の本音と、人材移動の可能性


今回の買収でADKの事業は成長基調に入るのか。ワンキャリア転職に寄せられたADKの社員クチコミを見ると、現場社員の視点では2つの課題が浮かび上がる。


1.経営と現場の「温度差」

クチコミで目立ったのは、これまでの経営方針への疑問や「そもそも経営陣の考えが社員に伝わっていない」といった指摘だ。


会社としてもテレビビジネスから脱却をする変革期を迎えているので、全員が変革者であり新しいことに挑戦していくという意識を経営層は植え付けたい模様。ただ、経営層と現場の温度感の差もあり、社内で統一が図れてないと感じる。現場からすると、本当にできるのか、何をすればいいのかイマイチピンときていない。そのため大切にされていることは部署によって大きく異なるという現実がある(広報・PR・広告宣伝/新卒入社


色々なことにチャレンジしようとしているのはわかりますが、実際に働いている社員まで落とし込めていないと思う(法人営業/中途入社


今後の成長のための新しい戦略は立てられているものの、まだ道半ばな状況ではあると思う。総合広告代理店としては、電通や博報堂には売上、規模ともに劣ってしまっており、デジタルマーケティングにおいては専業広告代理店には及ばない。今後、大きく売上が成長するような展望も正直そこまでない一方で大幅に売上が落ちることもなく、まさに安定という言葉が一番当てはまる(メディアプランナー/中途入社


経営パートナーとして組む相手や戦略を変えたとしても、現場で実行されなければ「絵に描いた餅」で終わってしまう。今回の買収が現場に混乱を招くだけのものなら、マイナスの影響の方が大きくなるかもしれない。


2. 給与・待遇への不満

広告代理店といえば高給のイメージがあるが、ADKのクチコミには待遇への不満を漏らすコメントがあった。


給与は正直なところあまり高くないと思う。中途採用だと30歳で賞与及び見込み残業代込みで600万円前後というところが現実的だろう。電通や博報堂とはかなり差があり、サイバーエージェントといった新興の専業代理店にも追い抜かれるという状況が発生している。昇給や昇格も、会社自体の成長率が低いこともあって良くない。3年ほど在籍していたが、一切、昇給も昇格もしなかった。また、決算賞与の割合が大きく、賞与の半分ほどを占めるが、業績によっては支給無しということもあり、そうなると一気に年収が落ちるメディアプランナー/中途入社


給与のレベル感が大手2社に比べると少し下がってしまうため、同様の業務をやっていくのであれば、大手2社に転職したほうがより納得感を持って仕事ができると感じた(メディアプランナー/新卒入社


待遇がそこまで良くないので若手で優秀な人はすぐ転職してしまう(広報・PR・広告宣伝/新卒入社


資金力のあるクラフトンの傘下に入ることで待遇面が改善され、転職先としての人気が高まるのか。もしくは不満が解消されずにADKを離れる社員が出てくるのか。いずれにせよ、今回の買収が広告業界の人材移動を起こす可能性はあるだろう。






3. ADKからのキャリアパスは?―転職体験談で見る広告業界


では、人材の移動が起きた場合、どのような転職パターンがあるのか。ワンキャリア転職に投稿された転職体験談の中から、ADK、電通、博報堂に関連するものを調べると4つのパターンが見えてきた。



3-1. コンサルティングファーム 


異業界の転職先として目立つのが、コンサルティングファームだ。


ADKからアクセンチュアに転職した30代男性は「広告営業としてのスキルや経験が潰しが効かないもので不安に感じた」「広告営業から更に経験を積む上でコンサルタントのスキル、経験が魅力的であった」と転職を決めた。


博報堂からデロイト トーマツ コンサルティングに転職した20代男性は「より経営上流より支援することで、『マーケティング』に留まらない施策を提案していきたい。また、支援する過程において、事業会社出身ゆえ、ある程度の『実行』をも担いたいため、『戦略』から『実行』まで領域を拡大する総合コンサルティングファームを志向した」と投稿している。


広告業界にとどまらないスキル・経験を求める人にとって、汎用性の高いスキルが身に付くコンサルティングファームは魅力的な選択肢といえる。また、近年はコンサルティングファームが広告事業に参入する事例や、逆に広告代理店がコンサルティングサービスを始める事例もあり、業界を超えた人材移動も活発になりそうだ。


▼広告代理店からコンサルティングファームへの転職事例



3-2. 外資IT企業


デジタル化の流れを受けて、外資系IT企業への転職も活発だ。


ADKからTwitter(現X)に転職した20代男性は「年収と成長性の2軸を重視していました。電通・博報堂と比較した際に給与水準が低いため、成長性では広告の軸を置きながら外資を検討していました」と投稿している。


また、博報堂からGoogleに転職した30代女性は「前職の仕事はハードながら楽しかったですが、今後のライフイベント等も考慮するとこの先ずっと続けるビジョンを描けませんでした」とコメントしている。


外資IT企業は成果さえ出せば柔軟な働き方を認め、年収も高い企業が多い。業務内容だけでなく、待遇面にも惹かれて転職するケースがあるようだ。


▼広告代理店から外資IT企業への転職事例



3-3. 事業会社


事業会社への転職も1つのパターンだ。部門・職種はマーケティング、法人営業、広報、事業企画など幅広いが、前職の経験やクライアントとの人脈を活かした転職が目立つ。


ADKから三菱商事に転職した40代男性は「広告会社の立場で得意先のマーケティングに取り組んできたスキルを活かして、事業会社の立場で自社のマーケティングに主体的に取り組むことを熱望していました。こうした想いが転職先に受け入れられたのだと考えています」と転職活動を振り返っている。


電通からテレビ東京に転職した30代男性は「前職でテレビや出版業界をクライアントとして、IP輸出のための海外プラットフォーマーとの連携、販路開拓についてのコンサル業務に関わっていたため、今回の転職は前職の業務のクライアントサイドの仕事のような形であり、前職でのコンサル経験を大いに活かすことができた」と語っている。


▼広告代理店から事業会社への転職事例



3-4. 電通・博報堂


広告業界内で転職するケースも多く、特に上位2社やそのグループ企業への移動が目立つ。


ADKから博報堂に転職した20代男性は「同業界で同じ仕事をする中で、年収が大きく異なることが1つの重視ポイントでした」と振り返る。


また、ADKから電通デジタルに転職した20代男性は「知人に誘われたのと、広告業界でナンバーワンの電通グループに在籍したいという思いがあったため。また、前職での待遇に不満があった」とコメントしている。


業界内で転職する場合、待遇は大きな理由になるといえそうだ。


▼広告代理店から他の広告代理店への転職事例






4. 業界再編をキャリアアップのチャンスの変える


今回のクラフトンによるADK買収は、広告業界の再編が従来の業界内統合を超えて、異業種からの買収という新たな段階に入ったことを示している。


このような業界再編は、そこで働く人材にとって新たなキャリア機会を生む一方で、従来のキャリアパスが通用しなくなるリスクも内包している。ADKの場合、社員はクラフトンのグローバルIPを活用したプロジェクトに関わることで、従来の広告代理店では得られない経験を積むことができるだろう。一方で、組織文化の変化、評価制度の変更、事業方針の転換などにより、従来のキャリアパスが通用しなくなるリスクもある。


重要なのは、この変化を機会と捉えて積極的にスキルアップを図るか、早期に転職を検討するか、明確な判断を下すことだろう。転職体験談を見る限り、ADKでの経験は他社でも十分に評価されており、適切なタイミングでの転職により年収アップとキャリアアップの両立が可能だといえる。


今回のADK買収は、日本の広告業界が直面する課題を象徴的に示す出来事となった。クラフトン傘下になることでデジタル化、グローバル化、異業種参入という三つの波が同時に押し寄せる中、どうキャリアを描いていくのか。変化を恐れるのではなく、新たな機会として活用できるかどうかが、今後の成功を左右する鍵となるだろう。




ワンキャリア転職 編集部

吉川翔大

東京大学卒業後、新卒で中日新聞社に入社。長野、静岡、三重の3県で記者として働く。2019年にワンキャリア に入社。就活生向けの記事制作チームや広報を経て、ワンキャリア転職 編集部でコンテンツ制作を担当。京都市生まれ。

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