これまで数多くの人が経験してきたにもかかわらず、何かとブラックボックスの多い「キャリア」。「キャリナレ!」では、キャリアをもっとオープンにするために、経験者にしか分からないリアルを解き明かし、キャリアナレッジとして集めていきます。
人事編第二弾となる今回のテーマは、「人事企画へのキャリア」。ゲストは、採用、労務を経て人事企画へとキャリアを積み、現在は弁護士ドットコム株式会社に在籍されている佐藤哲士さんです。
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「組織の仕組みを作りたい」人事企画に魅せられたきっかけ
石川:佐藤さんはネクソン、弥生、弁護士ドットコムと合計3社で人事キャリアを築いておられますね。まずは人事に興味をもったきっかけを教えてください。
佐藤:20年以上前の話になるのですが、学生時代にアルバイトをしていた外資系アパレル企業での経験がきっかけです。同社では正社員やアルバイトなど雇用形態を問わずメンバーの熱量が高く保たれていたのですが、その背景にはグローバルで体系立てられた組織運営の仕組みがありました。
学生アルバイトに対しても、評価制度がしっかりと設計されていたり、正社員と同じ研修を受けたりと、マネジメントが徹底されていたんですね。学生ながらに「この仕組みはすごい。いつか、こんな仕組みを自分が作りたい」と感じ、その仕組みを作る仕事がHRだと社員から教わりました。
当時はHRという言葉も一般的でなかったですし、人事企画という職種も知りませんでしたが、「エンゲージメント」や「エンパワーメント」といった人を軸足にした組織運営に関する言葉が飛び交う職場環境で、結果的に人事企画・人事戦略を目指すきっかけになったと感じています。
石川:実際に人事業務に就いたのは2社目のネクソンからだそうですが、人事としてはどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょう。
佐藤:新卒で入社した人材系企業での経験を活かし、2社目のネクソンでは採用担当としてリクルーター業務をすることから始め、人員計画策定まで携わりました。はじめての人員計画策定というと、現場部門からの要望をそのまま反映してしまいそうですが、携わった当初から管理会計とともに策定していたため、人件費や事業方針まで考慮することにより、さらに組織作りに深い興味を持つきっかけとなりました。
その後、労務領域にも自身の知見を広げたく、将来的に労務に携わることを確約してくれた弥生の人事に転職をしました。弥生では、経験が活かせる中途・新卒の採用業務からスタートし、新卒の教育研修・労務・給与計算などに業務が広がりマルチに業務を進めるスキルも鍛えられました。
現職である弁護士ドットコムへの入社動機は、弥生の時と同じで、人事企画へのキャリアの希望を理解してもらえたからです。ここでもやはり、最初はコアスキルである採用のマネージャーを経験してから、既存の仕組み運用、中規模の人事課題の施策起案など人事企画に徐々に軸足を移し、現在は制度関連など人事でも幅広い知見が必要になる業務に携わっています。
弱みを補完するために「原理原則」の労務を敢えて希望
石川:人事企画という目標から逆算してキャリアを築いてこられたのですね。中でも、コアスキルは採用でありながら、弥生で労務経験を取りに行っているのが興味深いです。どのようなお考えがあったのでしょう?
佐藤:将来的に人事企画を目指し、人事に深く携わっていくのであれば、採用だけではなく、人事の原理原則となる労務について知る必要があると考えたからです。
労務の仕事では給与計算ひとつとっても、必ず法的な観点や知見が必要になります。法律をはじめとしたルールを理解して守ることはもちろん、その法律の解釈や根拠をより深く知らないと、事業上の意思決定を正しく判断することもできません。
私自身はそれまで、感性や勘を重視していたところがあったのですが、人事企画で再現性のある仕組みを作るうえでは、感性だけでは進められない場面に直面することもあると見据え、理詰めで業務を進めていく労務を経験すべきだと考えたのです。
石川:面白いですね。一方、強みを伸ばすのではなく、弱みを補うキャリア選択をリスクと感じる人もいると思いますが、当時の佐藤さんはどのように考えていましたか?
佐藤:私の場合は将来の自分を想像した時に「このまま感性や勘に頼って仕事をして、最後は自分の感覚に固執する評論家になってしまうのではないか」という恐れがあったため、意思決定できました。キャリア形成の考え方として、「なりたい自分」を想像することが一般的だと思いますが、私の場合は、「なりたくない姿」から逆算したとも言えます。
人事企画は感性×ロジックのハイブリッドが求められる
石川:これまでの経験を踏まえて、人事業務で求められる資質やスキルをどうお考えですか?
佐藤:どの分野にも共通するのが、上流工程の戦略を描くスキルだと思います。担当領域が違えど、成果を出すための戦略が立てられなければ、業務がうまく回りません。一方、誰もがいきなり戦略を描けるわけではないので、まずは地道に現場の業務経験を重ねることが重要です。
例えば、採用の業務で言えば、「社外にいらっしゃる候補者の意思決定に触れる」という、重要なタッチポイントにおいて、感性は非常に重要です。候補者の立場に立てば、転職は人生の重大局面であり、給与条件・業界・仕事内容といったファクトだけでロジカルに転職先を決めるわけではなく、最終的な決め手として感性やロマンを追う方もいらっしゃいますよね。そのため、リクルーターには候補者に向き合える高いEQ(心の知能指数)も求められます。
石川:人事企画業務についてはいかがでしょう?
佐藤:社外に向き合う採用業務に対し、人事企画は社内に向き合う場面が非常に多くなります。向き合う相手との関係性も、採用であれば一対一ですが、人事企画では一対Nになるため、人事制度を作るうえでも折衷案を作るわけにもいきません。そのため、ファクトをベースにした論理的な意思決定やポリシーが重要になってきます。
石川:確かに制度設計の思想は、「最大多数の最大幸福」ですよね。そして、不満がでれば合理的なファクトを示す必要があると。
佐藤:そうですね。とはいえ、経営の意思決定がすべてファクトとロジックだけで進むかと言えばそうでもありません。“社風”という言葉があるように、人事企画も企業ごとの性格に向き合う必要も出てきます。
石川:採用と労務のハイブリッドな能力が求められると言えそうです。
佐藤:私自身、人事企画業務を進めるうえで採用で得た知見と労務で得た原理原則の部分は両方役立っていると感じますね。
最近は事業側への動きも盛ん!人事企画のネクストキャリア
石川:採用と人事企画の経験を持つ人材が、その後にどのようなキャリアを描いていくのかについても聞かせてください。
佐藤:王道は人事領域で役職を上げていくパターンで、最終的には経営ポジションに就くというキャリアがあります。
昨今の新しい動きとしては、人事において存在感が高まっているピープルアナリティクスを事業として生かそうと、人事側から事業側にジョブチェンジする人もいますね。また、人事として働いていると隣合わせにある副業の世界に触れることも多いのか、フリーランスとして独立される人も少なくない印象があります。
石川:人事企画から事業側へのジョブチェンジは、実際にONE CAREER PLUSでも下記のような転職体験談が集まっていました。
【人事企画→事業側への転職体験談】
佐藤さん自身は、今後のキャリアをどのように考えていますか。
佐藤:「将来は経営者になります」「CHROを目指しています」という回答が望まれているかと思いますが、私としては意思決定によって、組織や人材が変革していく姿を見続けていたいという思いを、学生時代から今も変わらず抱いています。そのため、今のところは、経営層が意思決定する場面をどれだけ生み出せるかを追求したいと考えています。
それは、もしかしたら人事に限らずにできることかも知れないため、結局は今も自分の経験や性格が活きる形を模索している状態とも言えそうです。
ジョブチェンジ=ゴールではない。得たい経験を自問自答する重要性
石川:人事企画へキャリアアップしたいと考えている方は多いと思います。どのような仕事を経験しておけば、人事企画へのトランジションがスムーズになるのか、なにか押さえておくべきポイントはありますか?
佐藤:人のキャリアは本当に十人十色なので…難しい質問ですね(笑)
そもそも求めるポジションに就くには、選考を受けてオファーをもらうという大きな壁もあります。そのため、望むポジションへのチャンスをつかめるか否かが重要です。そういう意味では採用から企画でも、私のように労務を挟むパターンでも、正解はありません。
もし自身の望む職種が在籍企業の中にあるならば、転職ではなくて社内のジョブチェンジを検討するべきですし、それが難しければ、そこで転職を検討し、大手かスタートアップかという選択肢も生まれるものだと思います。
石川:選ぼうとしても難しいので、現実の自分の選択肢を模索、検討していくということですね。
佐藤:そうですね。ただ、いずれの場合でも、それまでの経験がゼロになるようなジョブチェンジは、避けた方がいいと思います。
ジョブチェンジは、自分の理想と足りないスキルのギャップが埋まるかどうかが重要になってきます。まずはジョブチェンジによってスキルや経験を得られるかどうかの自問自答を繰り返さなければ、たとえジョブチェンジが成功してもその職種に就くことが目的になってしまっていると「やったー!」で終わってしまい、その後に理想とかけ離れた状況に陥った時に「こんなはずじゃなかった…」と落胆しがちです。
そのミスマッチを避ける上でも、ジョブチェンジの際の自問自答は、人事に限らずどのような職種でも必須と言えますね。
困ったら「なりたくない姿」から逆算したアプローチを
石川:最後に読者の皆様へ、メッセージをいただけますか。
佐藤:もしキャリアに迷ったときは“なりたくない姿”から逆算するアプローチを取り入れてみるのもオススメします。キャリア論でよく言われる「なりたい姿」ばかりを描いていると、憧れのままで終わってしまい、叶うものも叶わなくなってしまうこともあるからです。
加えて、自身の性格や考えをもとに本気で自問自答し続けなければ、世の中に溢れる「こうあるべき」論に直面したときに自分の意志が揺らぎかねません。どんなときも揺らがない意志を作るには、とにかく自分自身と向き合うことが必要だと思います。
私自身、「強みをより強みに変える」というキャリア形成の定石を踏まず、時には遠回りしているのではと不安になることもありましたが、結果的に自身の性格と向き合って、私ならではのキャリアを構築してきたと考えています。今日の私の話がみなさんのキャリアの参考になれば幸いです。
石川:今回のゲストは、佐藤哲士さんでした。ありがとうございました。「キャリナレ!」では、これからもさまざまな職種を経験された方をゲストとしてお呼びして、キャリアナレッジを貯めていきます。次回もぜひお楽しみに。
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