これまで数多くの人が経験してきたにも関わらず、何かとブラックボックスの多い「キャリア」。「キャリナレ!」では、キャリアをもっとオープンにするために、経験者にしか分からないリアルを解き明かし、キャリアナレッジとして集めていきます。
「キャリナレ!人事編」の記念すべき第1回のテーマは、「ひとり人事・ひとりめ人事」。ゲストは、人事歴10年・複数社で人事責任者を歴任してきた宮本和典さんです。
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ゼロ→イチの組織立上げを志し、創業間もないスタートアップへ
石川:本日は「ひとり人事・ひとりめ人事」をテーマに、宮本さんのキャリアを深ぼっていきます。キャリアのスタートは営業とのことでしたが、どのような経緯で人事に移ったのでしょう。
宮本:1社目のエン・ジャパンでは、研修・評価制度のコンサルティングサービスを扱う法人営業に4年従事しました。その中で、事業部において歴代1位の営業記録を残したり、若くしてメンバーマネジメントを経験したりと成果を出すことができました。次のチャレンジを考えた時に、学生時代から興味があったことと、向き合いの顧客が人事だったこともあり「人事側で、自分ごととして組織や会社をよくしたい」という思いから、異動を希望した形です。
石川:その後の、人事としてのキャリア変遷について詳しく教えてください。
宮本:1社目では、営業時代の商材知識を活かして人事企画として研修・評価制度設計を行っていました。2年ほど経ち、「採用や労務なども含めた人事の領域全てをハンズオンで経験し、有機的に繋げられる人になりたい」という思いが芽生え、人事としてのキャリアを広げられるようなポジションを模索しました。
2社目はエージェントの紹介でご縁があったサイバーエージェントFXで、自分と派遣のアシスタントさんだけの「ほぼひとり人事」に挑戦し、その後のランサーズでは未上場スタートアップでの人事責任者を経験しました。
この2社で働く中で、「より裁量をもってゼロベースで組織の立上げをしたい」と考えていたところ、サイバーエージェントFX時代の同僚がすでに勤めていた創業間もないウェルスナビにひとりめ人事としてジョインしました。
石川:お話を聞いていると、「営業時代の商材を活かした人事企画へのキャリアチェンジ」や、「ある程度人事業務の土台ができた会社における”ひとり人事”の経験から、”ひとりめ人事”としてゼロベースの立ち上げ」など、順当にキャリアをスライドして積み上げていらっしゃる印象です。
宮本:そうですね。ただ、私みたいな積み上げ型のキャリアは実は珍しいです。私が主催する「ぼっち人事の会」というスタートアップの人事コミュニティのメンバーに話を聞いていると、未経験の領域が多分にあるなかで、たまたま(もしくは狙って)ひとり人事・ひとりめ人事にいきなり挑戦するというパターンの方が多いですね。
石川:そうなんですね...!
「アイドルと死神を使い分ける」ひとり人事のリアル
石川:次はひとり人事の仕事の解像度をあげていきたいです。宮本さんがひとりめ人事として入社された時の会社の状況について詳しく教えてください。
宮本:当時は創業して1年10ヶ月目ぐらい。正社員30名弱、業務委託10名程で、オフィスに40名程いる状況でした。年間の売上見込みが1000万円ぐらいで、まさにこれから事業成長していくスタートアップという感じでしたね。
採用活動は取締役3人がエージェントと直接やりとりをしていましたが、本当に良い人がきた時にエージェントとやり取りするぐらいで、基本的にはリファラル採用がメインでした。
石川:入社して、最初に着手したことはなんですか?
宮本:色んなことを同時並行で進めていたのですが、スタートアップが拡大するには優秀な人材の採用が不可欠なので、優先順位として一番高く取り組んだのは、採用活動の整備ですね。
石川:経営陣と入社時に人事のミッションとしてすり合わせた内容はどのようなものでしたか?
宮本:ミッションはシンプルに「HR全般を担う」ことでした。とにかく課題感をひたすらヒアリングして、採用整備、評価制度設計、ミッション・ビジョン・バリュー改訂、労務関連業務などを同時に進めていきました。
ある程度規模のある会社であれば、経営戦略や事業戦略と紐づけて人事戦略のすり合わせなどを行う場合もあると思いますが、スタートアップの場合、戦略を描ききれていない部分もあります。そのため、「大きな方針の中に、人事戦略をどう紐づけるか」ぐらいの粒度の話なんですよね。ただ、それについて経営者と最初の1−2ヶ月くらいをかけてしっかり握れたことは、今振り返ると肝だったと思います。
石川:なるほど。具体的な数字ではなく、かなり上流のミッションレベルで渡されていたのですね。では、一番大変だったことについて教えてください。
宮本:ひとつの事象で本当に大変だったことは、ここでは言えないような話です。実際に起こったことかはさておき、あくまでもイメージしやすいように例をあげると、メンタルやハラスメントの問題、退職勧奨などのセンシティブなことです。みなさん想像に容易いと思いますが、こうした対応は気を揉みます。ただし、もっと大変なのはこれと並行して裏で他のことも動かしていることですね。
CXOクラスの採用アトラクトや、全社イベントの司会といった一見華やかな表仕事をこなしつつ、裏ではすごくドロドロした仕事をしている、みたいな。私はこれを「アイドルと死神の顔を使い分ける」といっていますが、自分の気持ちのバランスをとるのに慣れるまでは大変でした。
石川:確かに心のスイッチングコストが高そうです。そうした部分含め、ひとり人事だと相談できる人がいないのが特徴だと思うのですが、インプットや自分の心のモヤモヤへの対処はどうやっていたんですか?
宮本:モヤモヤの消化は究極できていなかった気がします。インプットについても、ひとりめ人事時代は忙しすぎて、社外の交流会などにも全くいけなかったですね。他社の事例を聞きにいって勉強する時間はなく、休日や隙間時間に本を読んで自分で勉強するしかないという感じでした。
石川:すごくリアルですね...。
宮本:私自身はわりと、人事経験があったのでインプットをそこまでせずともどうにかなった部分はありますが、経験がない方にとってはかなり大変かと思います。ちなみに、そうした課題感があったからこそ、「ぼっち人事の会」というコミュニティを主催して、スタートアップの人事として奮闘する人たちのナレッジシェアやメンタルケアの場を作っています。
人事界隈で言われる「2%」。ひとり人事卒業の時期
石川:ひとり人事を卒業するタイミングについても教えてください。会社として2人目の人事を採用するのはどのような時で、どのような方が2人目として迎え入れられるのでしょうか。
宮本:2人目の検討タイミングは定量的でいたってシンプルです。「ぼっち人事の会」でもよく話題にあがるのですが、「人事は組織全体の2%いないと回らない」と私たちは考えています。
つまり、組織が50人を超えるタイミングが2人目を検討すべき時です。私自身、ひとりめ人事の時は60人規模で2人目を採用しましたが、60人でも相当きつかった感覚です。ぼっち人事の会には、80人規模までひとりでやっていたレジェンドがいるのですが、「どうやってやっていたのですか?」と聞いてみると「土日も終電でした」ということで、相当働く必要がある世界線です。2%はあくまでミニマムの指標なので、4%いると理想ですね。
2人目としてどのような方を採用するかについては、色んな考え方がありますが、「ひとりめと経験領域の色が違う人を採る」のが効率的だと私は考えています。他によくいう話としては、人事業務には「陰の部分と陽の部分」があり、ひとり人事の場合それらを使い分ける必要がありますが、2人目を採るタイミングで役割をどちらかに分けることで、メンタルが安定します。そうした経験領域やキャラクター適性を鑑みて、どんな業務を任せるのかをイメージしながら採用をしていますね。
石川:なるほど。「陰」側を任された人がダークサイドに落ちないか少し心配です。
宮本:多くの場合は、ひとりめ人事が「陰」にあたるような労務の中でも調整スキルが必要な仕事と、組織開発など人事戦略と絡む仕事を持ち、2人目が採用・研修・社内イベントの司会のような「陽」側を持っていますね。酸いも甘いも両方経験しているひとりめの方が、大変な仕事に耐性ができているので。「陰」側を未経験でいきなりやるというケースは少ないと思います。
採用・労務の経験がアドバンテージに。ひとり人事を目指すには
石川:ここからは「ひとり人事・ひとりめ人事」の目指し方についてお話を伺っていきます。「戦略的に経験を積んだ先に、というよりは、飛び級でなる方も多い」というお話もありましたが、どのような経験を持つ人が相性がよいのでしょう?
宮本:まず、人事経験です。私はよく、スタートアップのひとりめ人事の採用について企業から相談を受けるのですが、8割ぐらいの企業が人事経験者を採用できていないので、人事経験者というだけでアドバンテージがあるように感じますね。あとは、人材系の営業経験は相性が良いです。
石川:人事経験であれば、採用・労務・人事企画などいずれの場合でもチャンスはあるのでしょうか?
宮本:強いていうなら、採用や労務領域の経験が好ましいと思います。実際にひとりめ人事が担う仕事は、ほとんど採用や労務になるからです。スタートアップでは研修をやっている場合じゃないですし、評価制度も一定規模にならないと作ろうという話になりません。
石川:同じ採用でも「ファネルを管理して、採用広報をし、エントリーをフィルタリングするといった採用手法の経験のある方」と、「ダイレクトリクルーティング的に1to1で狙いうちする手法で採用をしてきた方」で、ひとりめ人事にアナロジーを効かせられるかが違いそうですね。
宮本:まさしく1to1の採用経験は活かせますね。スタートアップの採用においては各ポジションごとの採用人数が少ないので、地上戦でひとりひとりアトラクトしていくような採用活動にならざるをえない。マーケティングに強みがあるというよりは、営業に強い人の方が活躍のチャンスがあると思います。
石川:スタートアップの初期の採用は中途がメインだと思うのですが、採用経験はやはり新卒より中途の方が良いのでしょうか?
宮本:おっしゃる通りです。もっというと、人材系の営業の中でも、求人広告・人材紹介・派遣など様々ありますが、採用担当として採用されやすいのは求人広告の営業経験者である印象です。これは、求人広告が人材紹介のような成果報酬型のビジネスモデルではなく、前払いを主とした設計の商品のため、営業として1対1のクロージング力が身につきやすいという観点からです。
経営者?サービス?成長性?企業選択のポイント
石川:ひとり人事に挑戦するにあたって、「どの企業でやるか?」も重要ですよね。宮本さんが考える、企業選びのポイントを教えてください。
宮本:「会社を愛せるか」がまず大事です。入社後すぐに、自分がその会社に人を連れてきたり、口説いたり、会社に来た人の定着・活躍を促したりすることになるからです。事業ドメイン、経営者の魅力、その会社のサービス・プロダクトのファンなど、どんな要素でも構いませんが、自身が「勝たせたい」と思える会社でないと入社後がきついと思います。
石川:逆に企業選びにおいて、「これが抜けていると入社後苦労するだろう」という点はありますか?
宮本:当たり前の話にはなりますが、「事業がスケールするかどうか」です。スケールしない事業に人を連れてきて、社員の給料がなかなか上がらない中で組織運営をするのは大変です。
例えば、「ファッションが好きだからファッションテックの会社に行ったけど、会社が全然儲からない」となると、とても苦しいので「自分が大好きなドメインだから」というだけで選択するのは危険でしょう。事業の成長性や独自性から「この会社は確信をもって成長していく」と思える必要がありますね。
石川:特に人事は、自分だけでなく自分が採用した人も影響を受けるので、その見極めは重要そうですね。
他に、経営者との相性などはいかがでしょう?例えば採用において、「カルチャーフィットを重視する」または「数字が作れて事業にフィットすることを重視する」など経営者によって考え方は様々ですよね。人事戦略としてはどちらも有り得ると思いますが、そうした経営者の価値観との相性の見極めも必要でしょうか。
宮本:人事ポジションは基本的に選考過程で経営者と会うと思うので、その時に「この人のもとでやれるか・やりたいか」は見極めポイントになると思います。
ただ、人や組織に対する価値観が全て完璧に合致することはなかなかありませんし、CEOとフィットしても他の経営陣全員と相性が合致することは困難です。そのため「よっぽど価値観が合わない人を避ける」という足切り的な考え方に留めるのが良いと思います。
石川:なるほど、ありがとうございます。
独立、VCHR、事業サイドまで。ひとり人事の経験から広がる多様なキャリアパス
石川:ひとりめの人事経験者のキャリアパスについても知りたいです。次のキャリアとしてはどのようなパターンがあるのでしょう?
宮本:少し前までは、CHROと呼ばれるような人事責任者を目指していくのが唯一の道でした。ただ最近はキャリアパスが多様化しているなとコミュニティを見ていても思います。今いる会社の中で人事責任者を目指していく以外には、以下6つの転職パターンがあります。
【1】フリーランス人事として独立
よくあるケース
【2】スタートアップで再度「ひとりめ人事」
2−3周目のIPOで自分の資産を最大化するケース
【3】メガベンチャーの人事
20代でIPOを経験し資産も得た後に、30代で安定を求めるようなケース
【4】事業サイドにキャリアチェンジ
- 多いのはHRドメインの知識が活かせるHRtech企業の事業サイド
【5】経営企画
- 稀ではあるが、経営領域の企画職に移るケースも
【6】VCHR
- VCの投資先のHR支援をするポジション。最近増えているケース
※ 採用人事からの転職パターンはこちらからもご参考いただけます
石川:事業側や経営企画など、人事領域とは違う職種にいく方もいらっしゃるんですね。宮本さんは、現在カスタマーサクセス (以下CS)と事業開発をされていますが、どうして事業側のキャリアを選んだのでしょうか。
宮本:人事をトータルで10年経験する中で、あらゆる規模の会社の幅広い人事領域にハンズオンで携わることができたので、人事領域での新しい挑戦が少なくなっていました。自身の成長曲線を鈍化させないためにも違うことをやろう、と考えたのがきっかけです。
VCHRや経営管理部長といったオファーもいただきましたが、最終的にはビジネスサイドで事業開発やCSなどに幅広く挑戦できるプレイドに入社を決めました。今まで経験してきた営業や人事とは離れたところに点を打って、面白いキャリアを作れそうと考えたからです。
石川:今までの経験をアンラーンして、新しくスタートすることに不安はなかったんですか?
宮本:人事領域を10年経験したおかげで、仮にCHRO的な人事キャリアを志向すれば「いつでも戻れる」と思えていたのでチャレンジできました。その場合も「事業がわかる人事」といった文脈で受け入れられやすそうだと考えたので、事業サイドを経験することはキャリア的にダウンサイドが何もなかったんです。一方、アップサイドとしては、当時の現職がマーケティングSaaSのプロダクトを軸にHR領域への展開を構想していたこともあり、自身のHR領域の知見を活かしてチャレンジできるということがありました。
結果的に、現在とても面白い仕事に携わることができています。現職では、CSチームのマネージャーとして、日々第一線でクライアントに向き合う傍ら、兼務でHRBPとしてCS領域の採用・育成業務を予算をもらって担当しています。
採用・育成予算の文脈ではあるのですが、自分のHRBP部門で実験的に市場に売れそうなプロダクト開発も行っています。多くの会社はプロダクト開発と営業・CSが別部門であり、その両方を管掌することはできませんが、今の私はそれができています。
今はこれ以上に楽しい仕事がないと感じているので辞めるつもりはないですが、将来的なキャリアとしては、HRtech企業のPdMや、COO、COO兼CHROといったポジションにご縁があればいいなという感じです。
石川:将来的に様々な方向に可能性があって、とても面白いキャリアですね。最後に、ひとり人事・ひとりめ人事に興味のあるみなさんに向けてメッセージをお願いします。
宮本:ここまでお話ししてきましたが、ひとり人事はとても大変かつ、ある意味苦しい部分があります。一方、大きな負荷がかかるぶん自分自身を成長させることができるチャレンジングなキャリアだとも思っています。
また、社会に目を広げると、日本のスタートアップがアメリカのように伸びていく未来を目指すのであれば、私たちのような「ひとり人事・ひとりめ人事」の存在はとても貴重です。スタートアップの成長を担える人事が増えることで、新しい産業・事業・組織をもっと生み出していけますし、その結果ポジティブな経済環境を生み出せると思います。
私自身は、ひとり人事の経験者として、使命感を持って、人事が活躍するためのノウハウ・ナレッジ流通に力をそそいでいます。強い人事が増えて、お互いに支え合うことができる場を作っていきたいので、興味がある方にはぜひ「ひとり人事・ひとりめ人事」にチャレンジしてみて欲しいです。
石川:ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?キャリナレ!では、今後も様々な職種を経験された方をお呼びして、経験された方にしかわからないキャリアのナレッジをたくさん聞いていきます。次回もぜひお楽しみに。
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