これまで数多くの人が経験してきたにもかかわらず、何かとブラックボックスの多い「キャリア」。「キャリナレ!」では、キャリアをもっとオープンにするために、経験者にしか分からないリアルを解き明かし、キャリアナレッジとして集めていきます。
「キャリナレ!人事編」の第4回のテーマは、「企業規模による人事キャリアの違い」。ゲストは、LINEヤフーでHRBPを務める伊藤舞さん。スタートアップの人事・ひとり人事、フリーランス、大手企業のリクルーター・HRBPと、人事として多方面に活躍された伊藤さんにお話を伺います。
🎙「キャリナレ!」Podcastでも連載配信を行っています。音声版を楽しみたい方はこちらから!🎙
未経験で「ふたりめ人事」に挑戦。営業経験が活きたポイント
喜多:まずはこれまでのキャリア変遷を伺います。キャリアのスタートは法人営業とのことですが、この頃から人事に進みたいという思いがあったのでしょうか。
伊藤:そうですね。就活時代から「いつかは人を軸にした仕事をしたい」という思いがありました。新卒で入社したエン・ジャパンでは研修サービスの法人営業を2年ほど担当しました。その後、元先輩社員の誘いを受け、サイバーエージェントFXにふたり目の人事として転職し、中途採用を軸に労務業務・人事企画の立案・運用など幅広い人事業務を経験しました。
喜多:未経験からの挑戦だったと思いますが、営業時代の経験で人事に活きたことはありましたか?
伊藤:ポジティブとネガティブ、両方のコミュニケーションを使い分けるという点です。
営業と人事はいずれも、「受注を握る」「採用のアトラクトをする」といったポジティブな場面と、「燃えた案件の火消しを行う」「組織のハレーションの矢面にたつ」といったネガティブな場面に出会います。
新卒入社した会社で、ポジティブな場合、ネガティブな場合それぞれにおける適切なコミュニケーションのノウハウを丁寧に教えてもらえたことは人事に活きていると感じますね。
喜多:初めて人事に挑戦した当時を振り返って、印象的な出来事はありますか?
伊藤:私がサイバーエージェントFXに入社したのは、ちょうど同社がヤフーに買収されるタイミングでした。会社としてあらゆる面で変化が起こる過渡期だったため、組織内で様々なハレーションが起こるのが大変でした。社員の方から私に対してネガティブな意見をいただくこともあり、メンタル的にハードな部分もありましたね。
しかし「コミュニケーションを重ねていくしかない」と思い、自分たちがやろうとしていることの目的を誠実に伝え続けました。批判をしっかりと受け止めつつも、流す力を若くして身につけることができたのは今となっては良い経験です。
AIの可能性に魅了され、10名規模のスタートアップへ
喜多:サイバーエージェントFXの後は、PKSHA Technology(以下、PKSHA)に転職されていますが、この時の意思決定はどのような背景があったのでしょう。
伊藤:きっかけは、孫正義さんのプレゼンを聞いてAI領域に興味を持ったことです。AIで有名な研究者である松尾豊氏が書いた本を読んでいたタイミングで、ちょうど松尾研究室発のスタートアップであるPKSHAからスカウトをもらいました。転職意欲が強かったわけではないのですが、運命的なめぐり合わせを感じて、当時10名規模の同社に思いきって飛び込んだというわけです。
喜多:PKSHAでは具体的にはどのような業務を担当されたのでしょう。
伊藤:「ひとりめ人事」として入社したので、人事機能の立ち上げに関わること全てです。最初は、勤怠システムの導入や、社労士を交えた就業規則の策定、さらには36協定の届け出といった労基署への書類の提出などから始まりました。
そしてスタートアップにとって重要な採用はもちろんのこと、評価制度、MVV、人事ポリシーの策定といった、人事機能を作るための業務はなんでも進めていきました。また、当時上場前後のタイミングだったため、IR関連業務も対応しましたし、広報として上場後のテレビ取材対応や、プレスリリースのチェックなどの業務も経験できました。
フリーランスも大手企業も。「ひとりめ人事」から広がるキャリア
喜多:人事から広報と幅広いですね。「ひとりめ人事」に初挑戦だったと思いますが、キャッチアップに苦労した点はどんなことがありましたか?
伊藤:人事ポリシーが全くない状態でしたから、それをイチから経営者と話しながら形作っていくのは苦労しました。
最初は何から着手すればいいかわからなかったので、社外の知り合いにアドバイスをいただき、各論の細かい規則から作るのではなく「経営戦略と事業戦略から考えて、どのような組織を作りたいか、そのためにはどういう人事制度を作るべきか」という大枠の人事ポリシーを経営者と握りにいきました。
喜多:経営者とのコミュニケーションで気をつけていたポイントはありましたか?
伊藤:大前提として、自分自身の事業理解を深める。その上で、手ぶらで望むのではなく「こんなことを考えていそうだな」という仮説を当てる形で、コミュニケーションをとりました。また、私がしゃべりすぎるのではなく、相手から引き出すようなアプローチも意識していましたね。
喜多:その後は独立されて、フリーランスとして人事を経験されたのですね。
伊藤:はい。20代で人事フリーランスとして生きる経験をしてみたいと考え、思い切ってチャレンジすることにしました。幸いなことに、様々な企業からお声がけをいただき、複数社でスタートアップ採用のお手伝いをさせてもらいました。
その後はPKSHAでの経験を活かして、現職にAI/データサイエンティストに特化したリクルーターとして入社しました。2年半ほどリクルーターに従事した後、産休・育休を経たタイミングに組織体制の変化があり、これまでの経験が活きそうなHRBPのポジションを選んだという経緯です。
喜多:「スタートアップ企業から大手企業への転職は難しい」というイメージを持つ方もいらっしゃいますが、伊藤さんの場合、「スタートアップ2社でのストレッチな挑戦がキャリアを広げ、その後のフリーランスでの仕事や現在の職種に繋がっている」とお話しを聞いて感じました。
スタートアップの人事から大手HRBPへ。共通点や違いは?
喜多:ここからは、会社規模による人事の仕事の違いや共通点を紐解いていきます。まず、
現在の仕事で、ひとり人事時代の経験が活きている場面はありますか?
伊藤:ひとり人事とHRBPの共通点は三つあると感じています。
一つ目は、経営者と相対してコミュニケーションを取る必要があることです。PKSHA時代の経験があったからこそ現在、役員クラスの方々とも臆せずディスカッションができています。
二つ目は、見るべき人事領域の広さです。HRBPの業務では労務・人事評価・採用など人事領域に関する全ての知識が求められるので、ひとり人事の際にそれらの経験のベースを養えたのは良かったですね。
最後に、HRBPでも事業部カスタマイズで人事企画を策定しデリバリーすることがあり、ひとり人事の時に制度の企画から運用までの動きを経験できたのはダイレクトに活かせています。
喜多:逆に、大手企業に入ってみてキャッチアップに苦労したことはありますか?
伊藤:ひとつの企画に関わる関係者の数が多い点です。スタートアップでは、いわゆる意思決定者は経営者や創業者に限られますが、大手ではひとつの意思決定に、様々な部署の方が関わるため、調整のコミュニケーション戦略が重要となります。
例えば、提案を通す際には「この役員の意見を握ったからOK」では済まず、「その下の部長陣のこの意見も握ってから上げた方が通るね」といった順番を意識する必要がありますし、アナウンスをする際には「いつ、誰から、どのように伝えるか」まで細かく設計するといった具合です。
さらに、社内制度の面でも大手では企画者・運用者が分かれてしまう難しさがあります。全社が策定した制度をHRBPとして事業部に翻訳・運用する際に、全社視点でみると良い制度でも、事業部にははまらないというジレンマを抱えることはよくあります。そうした調整を行う必要があるのは難しい点ですし、大手ならではの経験だと感じますね。
スタートアップ人事と大手人事。向く人/向かない人
喜多:両方の人事を経験された伊藤さんの目から見て、それぞれに向く人と向かない人を教えていただけますか?
伊藤:まず、スタートアップの人事に向いているのは、走りながら考えることが苦にならない人ですね。スタートアップは事業の成長スピードがかなり早いので、その分人事も考えることが多く、またトラブルも起きやすいからです。それだけに、走りながらなんとか形にしていく柔軟性とスピード感が求められると思います。
あとは、社外の人脈が豊富な人も向いているでしょう。スタートアップにおいては、常に忙しい経営陣と壁打ちができる機会はそう多くありません。それだけに、社外に人脈を求めながら壁打ちをして、道を切り拓いていける人が適しているのではと思います。
喜多:一方で、大手の人事に向いているのはどんな人でしょうか?
伊藤:まず、幅広い専門知識をつけたい方に向いていると思います。大手で働いて良かったと思う点は、制度・労務・採用など各人事領域で社内に様々な専門家がいることです。
例えばHRBPの仕事でも「組織のコミュニケーションの歪みを正しくするにはどうすべきか」を考える際に、組織開発専門の人に相談するなど、こうしたサポートがあるのは心強いです。壁打ちをする中で、それぞれの領域において「ここは掴んでおいた方がいい」という専門知識をキャッチアップできるので自然と知識の幅は広がりました。また、社内異動によって、人事領域の経験の幅を広げることも叶いやすいでしょう。
ワークライフバランスが取りやすいのも良い点です。人員が限られているスタートアップにおいては、どうしても仕事重視で働かなくてはならない場面が出てきます。プライベートのイベントがある中でワークライフバランスを重視したい方には向いていると思います。
喜多:最後に、キャリアに悩まれている読者のみなさまに向けて一言メッセージをお願いします。
伊藤:私はこれまで5つの職場を経験しましたが、最初から意図的にこういうキャリアを歩みたいと思っていたわけではありません。人生におけるそれぞれの点と点において、自分ができる100%の力を出してきたからこそ今があり、振り返ると、それら一つひとつの点が線でつながる。まさにスティーブ・ジョブズが言う「コネクティング・ザ・ドッツ」のようなキャリアでした。
キャリアは難しく考えがちですが、その場その場でオープンマインドに頑張り続けることが、良い結果につながると信じています。私自身もそういったマインドを持ち続けながら、みなさんと一緒に良いキャリアを歩んでいたらと考えています。
喜多:ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
キャリナレ!では、今後も様々な職種を経験された方をお呼びして、経験された方にしかわからないキャリアのナレッジをたくさん聞いていきます。次回もぜひお楽しみに。
【キャリナレ!人事編 backnumber】
【次読むなら】