前編では、戦力外選手が挑むトライアウトの残酷な現実と、合格率5%の狭き門を突破する「市場価値」について分析しました。
では、「第一志望(NPB)」への道が絶たれたら、そのキャリアは終わりなのでしょうか。これは、「希望通りの会社」に入れなかったビジネスパーソンの悩みとも通じます。
シリーズ「野球に学ぶキャリア戦略」。後編では、NPBという枠の外に目を向け、新天地で輝きを取り戻した選手たちの多様なキャリアパスを紹介。スポーツライター西尾典文さんの分析から、私たちがキャリアを築く上での重要なヒントを探ります。
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環境が人を変える。新天地(社会人野球)で「覚醒」した選手たち
ここまでは戦力外となったプロ野球選手の再就職事情の厳しさについて触れてきたが、仮にNPBへの切符を掴んでも、そこから活躍する選手となるとさらに狭き門となる。
かつては2008年開催のトライアウトで合格した森岡良介(中日→ヤクルト)が2012年から3年連続で100試合に出場し、2014年からは球団の選手会長にも就任するなど活躍を見せたが、これは非常に稀な例だ。多くの選手は2年程度で再び戦力外となっている。
その一方でNPBという枠以外に目を向けると活躍の場が広がっていることは確かだ。まずその一つが社会人野球や独立リーグでのプレー継続である。今年行われた社会人野球の最高峰の大会である都市対抗野球に出場した元NPB選手をまとめると、以下のような顔ぶれとなっている。
投手でまずNPB在籍以上のパフォーマンスを見せたのが田川賢吾(日立製作所・元ヤクルト)だ。ヤクルトでは在籍8年間で一軍登板わずか5試合、通算1勝に終わったが、日立製作所では先発、リリーフの両方でフル回転の活躍。長身から投げ下ろすストレートは150キロを超えることも珍しくなく、今年の都市対抗でもリリーフで3回を投げて被安打1、4奪三振で無失点と圧巻の投球を見せた。先日、今季限りでの引退が発表されたが、まだまだ現役続行も可能だった印象だ。
「業界トップ」より「自分が輝ける場所」を。NPBの誘いを断った選手も
野手で抜群の実績を誇るのが網谷圭将(ヤマハ・元DeNA)と武田健吾(三菱重工East・元オリックス、中日)の2人だ。
網谷はDeNAでは育成選手としてわずか3年の在籍で戦力外となったものの、長打力が評価されてヤマハに入社。社会人で年々打撃がレベルアップすると、2023年の都市対抗では4番としてチームの準優勝に大きく貢献し、社会人野球の年間ベストナイン(外野手)にも選出されたのだ。その年のオフに台湾で行われたアジア・ウインターリーグでも社会人選抜として出場し、4割を大きく超える打率を残している。
昨年はその活躍に注目したソフトバンクが育成選手として獲得を打診したが、それを断ってヤマハに残留。今年も9月に行われたアジア選手権に社会人代表として出場し、最多打点とベストナインに輝いた。
武田はオリックス、中日で外野のバックアップ要因として実績のある選手だったが、打撃の弱さから2021年に戦力外通告を受けて退団。その年に行われた12球団合同トライアウトにも参加しているが、NPB球団からの打診はなく、社会人野球に進むこととなった。
三菱重工Eastではプロで課題だった打撃が大きく改善し、1年目にはENEOSの補強選手として出場した都市対抗で優勝に大きく貢献。そして昨年は所属チームで出場した都市対抗でも大活躍を見せ、チームを初優勝に導いて見せた。社会人野球に進んだ時点で既に28歳と中堅と言われる年齢だったが、そこからここまで打てる選手になると予想した関係者はいなかったのではないだろうか。
マウンドへの「出戻り」や社内「昇進」も
驚きのキャリアを歩んでいるのが桜井俊貴(ミキハウス・元巨人)だ。2015年のドラフト1位で巨人に入団し、2019年には一軍で8勝をマークするなど活躍。その後は成績を落として2022年限りで引退し、2023年にはスカウトに転身したものの1年間のみの活動で現役復帰を決意しミキハウスに入社したのだ。ちなみに今年巨人でブレイクした泉口友汰は桜井が担当スカウトだった選手である。
ミキハウスではブランクを感じさせない投球でエースとして活躍し1年目から都市対抗にも出場。今年もチームは出場を逃したものの、補強選手に選ばれて2年連続で古巣の本拠地である東京ドームのマウンドに立った。
現役選手以外でも元DeNAの須田幸太は2018年に戦力外となると、元々プレーしていたJFE東日本に復帰。2019年の都市対抗では全5試合にリリーフで登板するフル回転でチームの初優勝に大きく貢献し、MVPにあたる橋戸賞も受賞した。2021年限りでユニフォームを脱いだが、その後は指導者に転身し今年からJFE東日本の投手コーチに就任している。
元中日の中田亮二もNPBでは5年間で一軍通算20安打に終わったが、2015年からJR東海に入社すると長く中軸として活躍。2023年限りで選手を引退したが、その後もチームに残りコーチを務めている。
会社によって待遇は異なるそうだが、社会人野球はプロ野球よりも収入は安定しており、選手としてだけでなく指導者としてキャリアを積むこともできる。ある意味NPBに残り続けるよりもプラスの面も多いはずだ。
「入った場所でどう輝くか」多様化する野球選手のキャリアパス
また近年社会人野球以上に多いのが独立リーグで現役を続ける例だ。その多くはNPB復帰を目指してのものであるが、藤井皓哉(広島→高知ファイティングドッグス→ソフトバンク)のようにその狙い通り成功する選手は少なく、多くは数年で退団となっている。
ただ中には片山博視(現福島レッドホープス選手兼任コーチ・元楽天)のように独立リーグで存在感を示し続けている例もある。片山は2005年の高校生ドラフト1巡目で報徳学園から楽天に入団。2010年からは中継ぎとして3年連続で40試合以上に登板して活躍したが、怪我もあって2015年には野手に転向しながら結果を残せず、2017年限りで戦力外となっている。
合同トライアウトには投手として参加したものの獲得するNPB球団は現れずに、BCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに加入。投手、野手、コーチと様々な役割を果たし、昨シーズンからは福島レッドホープスに移籍してコーチ兼任ながらプレーを続けているのだ。NPBで投手と野手の両方を経験してきたことが独立リーグでも生かされていると言えるだろう。
こうしてみるとNPBを戦力外になった選手が現役を続行するルートも多様化していることがよくわかるだろう。一般社会の転職、再就職でも同じ業界を希望しながら叶わないケースも多いと思われるが、その経験が違う業種でも生かされるケースはあるのではないだろうか。多様性の社会と言われるからこそ、こうして社会人や独立リーグで活躍する例を見て、新たな世界に踏み出す人が増えてくれれば幸いである。
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