高市早苗首相が午前3時から勉強会を開いたことで、その激務ぶりに注目が集まっている国会運営。答弁書を作成する官僚たちは今回の勉強会には参加していないが、深夜まで働くことも多い。
「コロナ対応のときは、午前3時、4時に帰って朝9時半に職場に行く感じだった。家に帰っても寝付けず、電車の車窓の景色が流れている動画をひたすら流していた」
「1番忙しかった1カ月の残業時間は230時間。一切休みがなく、朝5時、6時になることもざらだった」
これらは、ワンキャリア転職が独自に実施した元官僚10名以上へのヒアリング調査で得た証言だ。国会対応を含む激務が深刻であることは間違いない。
だが、仮に国会対応の負担が軽減され、労働時間が短縮されたとして、優秀な官僚の流出は本当に止まるのだろうか?
ヒアリング調査で浮き彫りになったのは、単なる「働き方」に留まらない、霞が関の「負」とも言うべき、より深刻な構造的問題だった。
待遇改善も「小手先」と感じてしまう、霞が関の構造的課題
ヒアリングに応じた元官僚たちは、政府が進める待遇改善や働き方改革を「小手先」と感じ、より抜本的な改革が必要だと感じていた。
元農林水産省の30代男性は、自身の退職決断に至った背景として、硬直的な人事・評価制度を指摘した。
「行政の成果は5年、10年先に分かるものが多く、短期的な評価は難しい。年功序列の評価になるのは仕方ない面もあるが、弊害も感じていた」
男性が感じた弊害は次の通りだ。
- 業務量に合わせて組織の人数を柔軟に変えることができず、部署によって忙しさにばらつきが生じる。結果的に、若手・中堅が頑張っている一方で、サボっているベテランも少なからずいた
- 異動も前例踏襲になりがちで、優秀な人材の抜擢は起こりにくい。数年先の自分のポストが見えてしまい、閉塞感がある
- 人事部門自体がジョブローテーションポストの一つであるため、専門的な知見に基づく長期的・抜本的な改革を進めるインセンティブが働きにくい
上記は民間企業でも起こりうることだ。だが、霞が関の場合、改善には省庁レベルを超えた政治的な判断や動きが必要になってくる。男性からは「それは期待できない」という諦観も垣間見えた。
さらには、若手の給与引き上げといった「待遇改善」も、幻滅につながっていた。
「30代後半〜40代で管理職になると残業代がつかなくなる。そこからさらに上のポストに行こうとすると、長い人では8年ほどかかる。20〜30代の待遇が良かったとしても、その後は給料が上がらない『踊り場』が続いていくんです」
目指すべきロールモデルであるはずの上司たちが、最もハードな責任を負いながら、待遇面ではむしろ停滞している。その現実を目の当たりにしながら、大手企業や外資系企業で働く大学の同期が自分の2〜3倍の年収を得ている。
男性は「省庁でやりたかったことを概ね達成できた」と感じたタイミングで、退職を決断した。
官僚キャリア形成の不安を生む3つの課題
男性が直面した「組織運営」の閉塞感に加え、他の官僚は「個人のキャリア形成」そのものへの不安も口にしていた。
ヒアリングから明らかになった、官僚が「キャリア迷子」に陥る3つの課題を検証する。
課題1:「何者にもなれない」— ジェネラリスト育成の罠
霞が関のキャリア官僚は、2〜3年周期で全く異なる部署へ異動する「ジェネラリスト育成」が基本だ。だが、この伝統が「キャリア不安」の源泉となっている。
「(異動が多く)専門性が身につかない。定年退職したときに『自分は結局何者なのか』と、わからなくなりそうだと思った」(元厚生労働省・40代男性)
「霞が関で求められる『専門性』とは、特定分野の知見よりも、予算・法案・国会対応のハウツー(霞が関特有の業務の進め方)を指す傾向が強い」(元厚生労働省・30代男性)
ある20代の元厚労省女性は「キャリア官僚にも専門職コースのようなキャリアパスがあればやめなかった」と振り返る。「ジェネラリスト育成」という単線的なキャリアパスは、多様化する個人のキャリア観と明らかに乖離し始めている。
課題2:「人事は欠員補充」— 「配属ガチャ」の壁
希望するキャリアパスが描けないだけでなく、配属プロセス自体も個人の意向を反映しづらい。
「若手のキャリアを考えるより『欠員が出たから置く』が優先されていた」(元文部科学省・20代男性)
「人手不足で人員の余裕がないと、人が足りない部署に配属される『運ゲー』の要素もあった」(元文部科学省・30代女性)
個人のキャリア希望に向き合う余裕がないまま、「欠員補充」を優先する人事が定着すると、職員は「キャリア迷子」の状態に陥っていく。
課題3:「割に合わない」— 待遇不満とライフイベントが引き金に
こうしたキャリアへの構造的な不安が、日々の多忙な業務の中で顕在化する明確なトリガーがある。「ライフイベント」と「待遇への不満」だ。
「子どもが生まれても家に帰る時間は遅いままで、それが原因でパートナーと喧嘩することも増えた。プライベートにもうちょっと時間を使いたいと感じるようになった」(元厚生労働省・30代男性)
「転職先の方が年収も高く、労働時間も少ない。子育てや教育にはお金もかかるので、待遇面も転職の大きな要因だった」(同男性)
キャリアへの構造的な不安(専門性・配属ガチャ)に、ライフイベントと待遇への不満が重なった瞬間、「退職」という決断に至る。これが霞が関で起こりがちな退職パターンだ。
提言:「ヒトに関して、よりオープンな霞が関へ」
霞が関は長年、「社会貢献」という“やりがい”を軸に据えた採用戦略をとってきた。しかし、個人のキャリア観が多様化する現代において、その戦略は限界を迎えつつある。実際に民間企業は、事業戦略に基づき人事システムを柔軟に変革し、人材獲得競争を勝ち抜こうとしている。
霞が関の「閉鎖性」を打破し、人材を惹きつけ、活かす組織になるためには何が必要か。民間企業では当たり前となりつつある「3つの開放」を提言したい。
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