これまで数多くの人が経験してきたにもかかわらず、何かとブラックボックスの多い「キャリア」。「キャリナレ!」では、キャリアをもっとオープンにするために、経験者にしか分からないリアルを解き明かし、キャリアナレッジとして集めていきます。
インサイドセールス(以下、IS)編、第8回のゲストは株式会社IVRyの工藤慧亮(くどうけいすけ)さん。複数のSaaS企業でISを軸に、Sales Ops立ち上げ、イネーブルメント等に携わられきた工藤さんに、ARR1億→100億円の変化のリアルやSales Opsキャリアについて伺います。
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興味ある人の背中を押して、事業の成長速度をあげる。ISの価値
喜多:まずは、工藤さんのこれまでの経歴について簡単に教えてください。
工藤:新卒ではみずほ証券に入社し、証券の個人営業としてキャリアをスタートしました。その後、freeeへの入社でISと出会います。freeeではISのプレイヤーとして1年、オペレーション構築やイネーブルメント領域を半年程経験した後、当時まだ40名規模だったSmartHRに1人目のISとして声をかけていただき転職しました。
SmartHRには5年半在籍し、ISの組織立ち上げから、Sales Ops組織(今では営業企画)の立ち上げ、マーケティングまで携わりました。入社時はARR1億円規模だったところから、退職時はARR100億円規模にまで成長し、「1→10」「10→100」の事業・組織変化の中で働くことができました。
その後、これまでの経験・アセットを生かしつつスタートアップに挑戦したいと考え2023年6月に現職のIVRyにジョインしました。現在は、ISのマネージャーとSales Opsを担当しています。
喜多:ISを軸にキャリアを広げられている印象ですが、工藤さんはISのどのような点に魅力を感じていますか?
工藤:はじめにISに魅力を感じたのは、freeeに入社した時です。証券会社時代は、渡された地図を頼りに1日100件まわるルート営業で、そのプロセスに非効率さを感じていました。
一方で、freeeのISは効率性が高く、質を最大化しながら膨大な量をこなしてビジネスを超高速で大きくしていく組織でした。当時在籍していたチームのオペレーションを体現する会社は他に見たことがないと、未だに思っているくらいです。この時の経験から「事業を拡大するにあたり、プロセスが重要だ」と実感しました。
セールスはいくつかのプロセスに分けられますが、それぞれで得手不得手があると思います。私はクロージングは得意ではないのですが、前段で少し興味ある人の背中をおすことが得意なので、ISがいまだに天職だと思っています。
つまり、ISがいなかったら半年後に契約していただろうお客さまが、ISがいることで、今月お客さんになってくれて、しかもAという商品だけでなく、Bという商品も買っていただける。これがISの潜在価値であり、魅力だなと考えています。
喜多:ISに必要な素養と、工藤さんの得意なことがまさにマッチしているのですね。
SmartHRのインサイドセールス組織はどのように立ち上がったのか
喜多:ここからはSmartHRでの経験を元に組織の急成長のリアルについて伺います。5年半で、ARR1億→100億円という変化はかなりレアだと思いますが、入社後役割がどのように変遷したのか詳しく教えてください。
工藤:入社後8ヶ月ほどは1人目のISとして、IS組織立ち上げに従事しました。目標はSaaSの宿命である、T2D3のトップラインを目指す中で必要な商談数を計算し、必要な人員を揃えることから始まりました。
当時、セールスも属人的で明確な営業フェーズがなく、今後の増員に耐えうる体制ではなかったので、ISをやりつつ、 セールス側も整えていくこともしていました。プレイ4割、プロセス4割、残りの2割を遊撃隊的に動くという配分でした。当時、管理者経験はゼロだったのですが、「明日からお願いね」と突然任せていただいたおかげで、結果的にキャリアが広がりました。
喜多:8か月間の間でも、ISに求められることに変化はありましたか。
工藤:ありましたね。SmartHRはマーケティングとプロダクトが非常に優れていて、お問い合わせやリードが多く、電話さえすれば商談化できる宝の山のようなリードが多く滞留していました。そのため、入社以前のフェーズにおいてはISがいなくても成立していました。
単純に、人が少ないからタッチできてないのもありましたし、タッチする仕組みがないからタッチできていないのもありました。とにかくすべてのリードに優先順位を付けながらアプローチしていくことで結果的に約5倍の商談数を創出できました。
次は、SMB規模の法人のお客さまからエンタープライズ規模の法人のお客さまに対して包括的なアプローチとセールスにパスする商談の質が重要になってくるので、入社3か月目くらいにはトスアップの基準を高めたり、入社5か月目には試験的にアウトバウンドも始めたりしました。
急成長期のOpsのリアル。顧客規模ごとに毎年変わるオペレーションにも対応
喜多:その後、徐々に営業企画の領域に軸足を移していったそうですね。
工藤:はい。SmartHRとして新しいプロダクトを出したタイミングで、まず社内プロセスを明確化やツールの整備を行い、きちんと営業が回っていくような体制づくりに注力しました。
具体的にはサポート、営業、CSからの問い合わせ集約や、エンタープライズ企業のリードタイムを短くするためにどうするのか。プロダクト開発のスピードが緩むリスクがある場合に企画職がどうやって底上げするのか。といったところが最初の半年のメインテーマでした。
その後、徐々に社員が増えてきたため、きちんと期間を決めて、何をインプットすべきなのか、どんなコンテンツが必要なのかなどを体系化し、いわゆるオンボーディングに半年から1年ほど携わっていました。
当時、Sales Opsという役割はあったものの、全体を見るOpsという組織もなく、 CS OpsもIS Opsも派生的にできていてカオスな状態でした。みんなでボールを拾いあって、調整しながら、できることをやるというより、やれる人がいないからやる役割をとにかくやってという状況でしたね。
喜多:かなり鍛えられそうです。他にもSmartHRでの5年半で印象的だった時期はありますか。
工藤:個人的に1番印象的だったのは、SmartHRがエンタープライズへ転換していった時に、毎年納入される企業の従業員数の桁数が1桁ずつ更新されたことです。私が入社した時は、数千名のお客様が桁数だったのが、その年度末に1万人規模、その翌年には10万人規模になっていきました。
業界のトップ企業がお客様になると、その業界の他企業が追随してくるため、毎年新しいオペレーションを作っていかなければならなくなります。この時期は、毎クォーター、毎月、毎週、いろいろな変化がありました。私が入社した時はARR1億だったのが、退職した時にはちょうど100億ぐらいにまで到達していたので、その期間のすべてを見れたという感覚はありますね。
激動する組織の中で変わったこと・変わらなかったこと
喜多:企業フェーズによって求められる動き方も全然違うと思うのですが、特に変化を感じた点はありますか?
工藤:私がやっていた業務に関連するところで言うと、ARR30億円ぐらいまではできないことをカバーしていく動きが、30億円を超えたあたりから業務の深さを求められるようになったと思います。
最初は出来ていないことが多いので、優先度を決めてやってみるところから始まる。それがある程度着手できるようになってくると、いよいよプライオリティを決めて「何をやるか・やりきるか」「どうやって精度を高めるか」といったところにフォーカスをしていった形です。
喜多:逆に変わらなかったことはありますか?
工藤:これはSmartHRだからこそかもしれませんが、顧客視点のプロダクト開発をするという点は根本的に変わらなかったと感じています。当時から「顧客が欲しいものを理解して、価値を提供する」という姿勢は入社当時から今まで軸として変わらず、それを起点に組織ややることが目まぐるしく変わっていきました。
海外では当たり前の存在。そもそもSales Opsの役割とは?
喜多:ここからはfreee、SmartHR、IVRyと成長スタートアップでのSales Opsの役割を歴任してきた工藤さんに、ISからのネクストキャリアとしてのSales Opsについても詳しく伺います。最近注目が高まっている職種ですが、どのような定義・役割なのでしょうか?
工藤:企業によって役割や定義は異なるのですが、イネーブルメント機能と営業企画機能の2つを含む職種として語られている方が多いように思います。
Sales Opsが求められる背景として、経営企画が戦略を立てても、実際の営業戦略と乖離が生まれるという課題があります。また、人事側で採用要件を作って採用しても、現場で戦力として機能しない。もっと言えば現場が求めている人が採用で入社してこないというような、上流設計をする企画と現場側でずれてしまうことが起きがちです。
そこに、きちんと横串を通して、各部署の間に入って支援するのがOpsの役割です。内容としてはとても多岐に渡ります。イメージしやすいように、IVRyの場合で簡単に説明すると、下記の大きく7つに分けられます。
Opsという仕事や役割は海外であれば、すごく当たり前に存在していて、CS Opsというものもあれば、IS Ops、Biz Opsという領域もあります。
また、RevenueOpsといって、顧客の売り上げの最大化に紐づく組織で、営業のオートメーションを行いリードを作ってセールスやマーケに渡すというような取り組みをしている会社もあります。Revenue Opsで調べると35個ぐらい役割が書いてあることもあるぐらいで、会社によって何にプライオリティを置くかは変わります。
インサイドセールスからのSales Opsに向く人・向かない人
喜多:ISのネクストキャリアとしてSales Opsを目指す場合、求められる経験やマインドセットはありますか。
工藤:大きくは2つあります。1つ目は、何かを効率化して1つをよくするのではなく、全体を底上げしたいというマインドセットがあるか。そして2つ目は、そのスキルや素養があるかどうかという点です。スキルや素養の面で言うと、ISで効率化やオペレーション改善を極めた人はSales Opsへの親和性が高いでしょう。
例えば、SMB領域でインバウンド主体のSDRをやっている人であれば、「このタイミングで自動送信すると効率があがる」とか「この一言を行ってからプレクロージングをかけると、クロージング割合が10ポイント上がる」みたいな形で細かな改善をチーム全体で試していると思います。
こうしたオペレーションによる成果の上げ方に知見や興味があり、実績があればSales Opsにも活かせるはずです。
ISをやっている人が、いきなり企画・推進にシフトするのは難しいと思いますが、将来のキャリアパスとして、企画・推進に行きたい人がまずSales Opsでオペレーション部分を経験してから、徐々に企画・推進部分、上流の戦略を作る方にシフトしていく感じですね。
喜多:ISを担当している中でもオペレーション構築や全体の効率化、底上げをしっかり自覚的にやっていると、Sales Opsには繋がっていくということでしょうか。
工藤:確実に繋がっていくと思います。Sales Ops職種は社内人材から登用されることが多いです。社内人材の方が自社のサービスに詳しくて、そのバリューやミッションに精通していますから。そのため、社内でオペレーションの素養があることさえ見せつければ、Sales Opsへのキャリア開拓が可能だと思います。
喜多:逆にISから初めてキャッチアップが必要なことはありますか?
工藤:ISからの限定的なルートの場合ですが、IS以外のセールス、CS部分のプロセスも、もちろん詳しくなければなりません。また、Ops全体としてどんなことをやる必要があるのか、企画、戦略の考え方は、身につけていかないといけないと思っています。
喜多:Sales Opsに向いている人・向いていない人はどんな違いがありますか。
工藤:向いていないのはアーティスティックな人です。着想は感覚でもいいですがきちんと論理思考を立てて、 整理できるかどうかが求められる職種だからです。アーティスティックな人がいてもいいですが、きちんと可視化、 フロー化ができる人がセットでワークするのが一番良いと思いますね。
例えばトッププレイヤーのどこがすごいのか、みんなで勉強会をする時に、「あの人すごいな」「やっぱりあの人だからできるんだ」で終わるのでは、その人がやっていることを言語化してあげて、誰でもできるようにプロセスの中に組み込める人が求められていますね。
あとはマインドセットとして、自分にはできないけれど、全体のポテンシャルを120%発揮させたいという人が向いていると思います。
Sales Opsからキャリアを広げるには?CRO、COOも目指せる
喜多:Sales Opsからのネクストキャリアはどのようなものがありますか。
工藤:ただオペレーションやイネーブルメントだけやっていても、その先のパスは狭められます。 短期的な戦術、戦略キャンペーンを考えることができ、それを長期的な戦略にまで進められるスキルがつけば、事業開発でそもそも事業を作るところに行ける可能性があります。
あとは、海外だとCROと呼ばれる最高レベニュー責任者、MRR増加に対して責任を負う立場にOpsの責任者が就く場合もあります。また、その先を経て実行部隊を統括するCOOというキャリアパスもあるのではないかと思います。
CROになるパターンとしては、最近だと起業時から複数のプロダクトを同時に提供する「コンパウンドスタートアップ」が増えています。普通なら、1つのプロダクトを磨き込んでその売り上げを上げていくのが、いわゆる「順張り」です。けれど、コンパウンドスタートアップは「逆張り」で、1つのプロダクトに割いていたリソースを分散してしまうリスクがあります。
そのリスクに対してきちんとオペレーティブに業務を回していかないと、そもそもサービスも良くならないし、売り上げも上がらないし、組織も崩壊してしまいます。ですから、コンパウンドの場合は、CROをOpsの方が担当しているパターンがありますね。
Sales Opsをオペレーションやツールの管理だけに設定すると、その分野のプロフェッショナルで止まってしまいます。そのプロフェッショナルになるのはもちろん良いのですが、キャリアの幅を広げたい場合に、企画や戦略もその中に入れていかないとなかなか組織としてビルドアップしていかず、 個人のレベルでも「社内の便利屋さん」で終わってしまい、残念な結果になります。
喜多: 最後に皆さんへメッセージをいただけますでしょうか。
工藤:2017年頃にSales Opsを名乗ったときは、 ほとんどの会社にOpsはなかったと思います。今では、どの会社にもSales OpsやBiz Opsの存在が当たり前となり、広がってきているのは嬉しいですね。
個人的には、レベニューのOps、 いわゆる企画推進ができて、戦略やオペレーション、基盤まで手がけるキャリアをみんなで作っていきたいですし、私もそのロールモデルになりたいと思っています。これからもいろいろなところで発信していきたいですし、そういうコミュニティを日本のSaaSの中でできるといいなと願っています。
喜多:工藤さん、ありがとうございました!
キャリナレ!では、今後も様々な職種を経験された方をお呼びして、経験された方にしかわからないキャリアのナレッジをたくさん聞いていきます。
次回もぜひお楽しみに。
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