これまで数多くの人が経験してきたにもかかわらず、何かとブラックボックスの多い「キャリア」。「キャリナレ!」では、キャリアをもっとオープンにするために、経験者にしか分からないリアルを解き明かし、キャリアナレッジとして集めていきます。
「キャリナレ!PR編」の記念すべき第2回のテーマは、「スタートアップの広報」。ゲストは、稲荷田 和也さん(文中:おいなりさん)です。
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営業で培った「自社を深く理解して相手に合わせて伝えるスキル」
石川:最初に、今の仕事内容やこれまでのキャリアについて教えてください。
おいなり:「JobTales」という会社を起業して、スタートアップのコミュニケーションパートナーとして活動しています。広報やPRのバックグラウンドを活かして、社内外へのメッセージング、組織活性化や文化づくり、ポッドキャストの制作など、言語化支援、経営支援をしています。
経歴は、新卒で法人向けの名刺管理サービス事業を展開しているSansan株式会社に入り、エンタープライズ領域のインサイドセールスとフィールドセールス、特に官公庁領域を担当していました。入社したときは社員が約400人、3年間在籍して、退職する頃には約1,200人になっていました。
新しいものやスタートアップが好きだったので、Web3やNFTに興味を持ち、当時代表とエンジニアしかいなかった株式会社あるやうむに営業責任者として入社しました。ちょうど、自治体と連携してNFTを扱う商材を考案し、シードの資金調達を実施した直後だったので、アイデアを形にして自治体を開拓していきました。
NFTは産業として新しいので、市場の啓蒙、ファンや仲間を増やしていく必要性を感じ、広報を立ち上げることになりました。広報を約一年やってみて、スタートアップにおける広報の重要性と自分自身が広報に強みがあると思い、今の会社を起業しました。
石川:広報にはもともと興味があってアサインされたのでしょうか。
おいなり:もともと興味はありましたが、直接的には社長に広報室の立ち上げを依頼されたのがきっかけです。私は基本的に自分が所属している会社や組織を好きになるタイプで、そこにいるメンバーにも誇りをもってほしいと思っています。スタートアップやベンチャーはまさにそんな要素の集合体です。
ミッションやソリューションを積極的に発信することが、まだ力の弱いスタートアップが取るべき重要な手段です。発信活動は前職の営業でもXで行っていましたし、そこから新しい出会いや仕事につながることも実感していました。
石川:広報に強みがあるかもしれないと実感したのは、どのようなきっかけがあったんですか?
おいなり:一つ目は、やはりXでの発信経験です。Sansanにいたときは約3,000人、広報室を立ち上げたときは約5,000人、2024年4月時点で約1.3万人と、順調にフォロワーを増やすことができています。
広報の主な仕事である発信することをかみ砕くと、物事を言語化・整理して、それを聞き手や受け手の興味と紐付けて、共感を生む言葉で届けることです。これをXでずっと訓練し続けられていて、うまく運用もできているのかなと。
もう少し前のエピソードだと、大学時代に英語のスピーチを競技でやってたので、発信すること・伝えることが好きで勉強していたというのも理由の一つとしてありますね。
また、実際に、あるやうむで成果を出せたことで「広報に強みがある」という確信に変わりました。当時はシード期でまだ知名度が低かったんですが、NFTが注目されていましたし、札幌を拠点とする地方発のスタートアップということもあり、ワールドビジネスサテライトや日経新聞に取り上げてもらいました。
その結果、自治体からの問い合わせが殺到したり、寄付や購入したい方が増えたりと、売上につながりました。広報活動があったからこそ実現できたと思っています。
石川:あるやうむで広報やPRが経営や事業インパクトを与える経験があった上で、他のスタートアップで再現していくことが使命だと思って起業されたんですね。
おいなり:まさに使命ですね。スタートアップの経営者には、専門分野に強みがある、考えや信念が深いから起業している方が多いです。彼らの知識や想いと世間にギャップが存在するので、そこを橋渡しする役割として広報が必要不可欠だと思っています。
スタートアップの経営者を応援したい想いが強いので、彼らが困っていることを自分が解決できるのであれば、ビジネスになるし、自分自身が強い意義を感じてやれるなと。
石川:インサイドセールスのキャリアは広報に活かされているのでしょうか?
おいなり:かなり活きています。インサイドセールスの経験がなかったら広報をできていなかったと思いますね。インサイドセールスもXと同じで、営業相手である顧客が現在どのような状況にあり、どのような課題を抱えているかを把握し、自社のソリューションがマッチする所を探り、課題に対して自社のソリューションを理解して適切に伝え、そこがマッチしたときに受注やその後の成果につながってきます。
広報も同様で、特にメディア露出は、特定の媒体や記者/編集者さんが取り上げている内容を把握し、自社の方向性とマッチするかを考え、提案することが重要です。自社の商材や経営方針を深く理解した上で適切な情報を伝えるという点で、インサイドセールスと共通していると思いますね。
石川:他に広報に活かせる職種があれば教えてください。
おいなり:マーケティングや営業、採用は広報に隣接する領域だと思います。広報を抽象化すると、自社が行っていることを整理し、ステークホルダーの興味関心を理解し、それに合った発信をすることです。ですので、広報で培ったスキルが必ずしも広報でなくても活かせますし、逆も然りで営業や他の分野で広報のスキルを活かせると思います。
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スタートアップ広報の業務は広報だけではない。経営視点が必要な理由
石川:スタートアップ広報に求められるスキルとして発信することを挙げられましたが、他にはありますか?
おいなり:一番重要なのは経営視点だと思います。スタートアップの広報は、広報業務にフルコミットメントが必要な時期もあれば、そうでない時期もあります。
私も最初は広報専任と言われていたんですが、スタートアップでかつ新しい産業で経営のサイクルも早いため、事業開発など違う役回りを求められましたし、自分自身も他の業務をした方が良いと思ったこともありました。
もし自分が広報しかできなかったり過剰な拘りを持っていたら、社長や会社と自分のやりたいことにずれが生まれることもあったのかなと。ですので、自身のプライドと経営の優先度を履き違えずに、広報を経営の一つの手段として適切に位置づけて、事業を拡大させるためになんでもできる人の方がいいと思っていますね。そのためには、経営のことを知る必要があります。
そういった点でPR業界で長年経験を積んできた方が活躍できるかというとそうではない可能性もあると考えていて、スタートアップのカルチャーや事業がわかる広報はまだ少ないので、需要があると思います。
また、スキルではありませんが、冷静さ、第三者の視点を持つことも大切です。自社を信じ切れてる状態がベストではありますが、信じ切ってると良くないこともあるんです。信じ切ってるというのは妄信している状態なので、例えば、恋愛だと好きな人に猛烈にアピールして、その人が興味ない話をひたすらし続けるような状態です。それだと、相手に自分の気持ちは伝わってないですよね。
同じように、広報も愛情や情熱だけでなく、冷静さも大切です。広報でさえ信じ切れてないということは、社外の方が信じられるはずもないので、そのギャップを埋めることが広報の仕事だと思っています。
石川:広報をトリガーにしながらも視点は経営や事業を伸ばすというお話だと思いますが、例えばプレスリリースや採用広報記事を書くなど、オペレーショナルな業務に寄っている人も多いかと思います。視座が高い人にはどのような特徴がありますか?
おいなり:WHYの部分、「なぜ」を考えられること、目的に立ち返れることだと思います。オペレーションになってるときはそのタスク、例えば記事を書くことだけに集中している状態。
この記事は誰に届けたいのか、どのような目的のためにやってるのか、違和感を見過ごさずに上司に聞いてみる、自分で考える、この繰り返しでしかないと考えています。勉強する必要もありますが、最初から答えを出しに行く必要はなくて、無邪気に質問してみるのが良いと思いますね。
視座を上げるにはXやポッドキャストでのインプットとアウトプットがおすすめ
石川:視座を上げるために、明日からできることはありますか?
おいなり:一つ目は自分の上司や事業の責任者の方、社長の方、経営層の方との1on1などで、彼らが普段何考えているのか、何に時間を使っているのか、普段どのような媒体でインプットして勉強してるのかなどを聞き、経営者の方の視座を理解することですね。
1on1だと業務に近すぎて話しづらい場合は、ランチに誘ってみたり、僕はベンチャーキャピタルの投資家の方、経営者の方のポッドキャストを聞いてみたり、Xで経験則に基づいた濃いナレッジを発信されている方をフォローしたりしています。
広報を立ち上げる際は、ひとり広報に関連した本を3冊程度読むことがおすすめです。なぜ3冊かというと、多くの本を読みすぎると読むことが目的になってしまうので、冊数を絞り内容をしっかり理解して、自社にどう役立つかを書き出して、上司や色々な方と壁打ちするのが良いと思います。
一番良いのは、Xなどで自ら発信することですね。なかなか始めるのが難しいかもしれませんが、決めて始めるしかないので、「一日一回投稿する」と宣言して続けていけば、軌道に乗っていくと思います。Xでフォロワーが数十人つくだけでも、会社でプレスリリースや発表があったときに拡散する手段にもなります。
石川:Xで発信するメリットは他にありますか?
おいなり:一つが言語化力を鍛えられることです。日々の気づきや学びをアウトプットしないと、時間の経過とともに薄れてしまいます。アウトプットするためには、情報を整理、理論化して、再構築する必要があるため、成長の角度が上がると思います。
二つ目は発信の練習です。広報だけでなく誰でも必要だと思うんですが、「このような人に届けたい」というターゲットを思い浮かべながら書くことで、わかりやすい表現にしたり嚙み砕いたりする練習になるのでいいと思いますね。
具体例を挙げると、私は今「Startup Now」という資金調達を実施されたばかりのスタートアップ起業家にインタビューするポッドキャストを運営していて、スタートアップにあまり詳しくない、少し興味がある方など、幅広い層に届けたいと考えています。
例えばこの前の配信では、起業家の方が「OTA」という言葉をさらっと使われたのですが、業界外の方であれば知らないことも多いはずです。ですので、「OTAはオンライントラベルエージェンシーで予約サイトで楽天とかです」と補足をするようにしています。
このように、誰に届けたいかによって、説明の深さや粒度が変わります。Xでも同じで、専門用語を丁寧に説明したり、分かりやすい表現に置き換える。このスキルは広報の仕事にも直結していますね。
石川:他にXで発信する際に意識していることはありますか?
おいなり:より多くの様々な人とつながるために、複数の軸で発信するようにしています。私個人を表す軸だと、スタートアップや広報、ポッドキャスト、経営者、家族、ランニングなどがあります。
最近は広報の発信が多かったから、スタートアップの発信を増やすなど、バランスをとっています。ただ、様々なことを発信し続けると、何者かわからない、何でもやってる人みたいになってしまうので、そこのバランス感覚も重要ですね。
石川:自分を企業に置き換えたら、働いている人や事業など様々な発信したい内容がある中、今は何をどのくらい、どのチャネルで、誰に伝えていくといいのか、というブランディングを組み立てていくという点で、Xの運用と広報と考え方は似ていますね。
おいなり:まさに一緒です。広報だとメディア露出を検討する際、例えば日経新聞など大手メディアに取り上げられたいと思う方が多いと思うんですが、日経に載ったら伝えたい人に確実にに届くのかというとそうではなく、オウンドメディアやnoteでいい場合もあるんですよね。
世はポッドキャストの時代?コンテンツ種別ごとの強みを活かす
石川:ポッドキャストはなぜ始められたんですか?
おいなり:元々は、好きだったからという理由が大きいです。スタートアップやWeb3などの新しい産業に関わった際に、最新のニュースやベンチャーキャピタル関係者からポッドキャストを通じて様々な情報を得ることができました。
発信側からすると、今後ポッドキャストが普及していくと思っています。なぜかというと、特に知識が豊富で思想が深い専門家や経営者の方々は、10分や30分の短い時間でどんどん話を深掘りできるんです。
その結果、リスナーに詳しい話を届けることができますし、続けることでリスナーがファンになったり、商品の購入や採用につながる可能性も充分あります。
テック企業のCEOも、アメリカではマスメディアよりもポッドキャストの方がインパクトがあるという記事も見かけました。日本のポッドキャスト市場はまだ成熟していませんが、聞いている方は感度の高い方が多いので、特にスタートアップとの相性が良いと思いますね。
YouTubeが最初はエンタメから始まって今ではビジネスでも使われているように、同じことがポッドキャストにも起きると思っています。YouTubeだとチャンネル登録者が何千万人の方が多くいますが、ポッドキャストは今一番人気と言われている番組でも20万人程度と、YouTubeに比べたら黎明期。
先行優位性を取れたら伸び代が大きいですし、新しいことにチャレンジしてる姿勢そのものがブランドになります。このような理由から、発信手段としても優れていると考え、クライアントさんにもよく提案しています。
2024年の4月には、スタートアップやVCの運営によって、毎週1つ以上の新しいポッドキャスト番組が生まれています。この流れは加速していくと考えているため、実はポッドキャストの制作事業も本格的に開始する予定です。
石川:記事制作では、誤字・脱字、編集など、リードタイムがかかりますよね。コンテンツ制作に工数やコストはかけづらいけど、ピンポイントに届けたいニッチな分野とポッドキャストは相性がいいと思いました。
おいなり:今の視点はすごく面白くて、記事・動画・音声は競合でもあり共存できると思っていて。YouTubeをやりたいけど、制作コストも編集コストも高いとなったときに、ポッドキャストや記事、あるいは最近だとビデオポッドキャストもあるので、収録の動画を流すこともできます。
石川:先ほど必ずしも大手メディアに載せることが重要ではないという話がありました。もし大手メディアに取り上げられることが最も事業インパクトがあるという結論に至ったときに、実現に向けたコツはありますか?
おいなり:大手メディアとの取組は本当に難易度が高いと思っていて、それを突破してるのがプロのPRのパーソンの方だと思います。
できることとすると、日経でスタートアップのことを書いてる記者さんの過去の記事から自社と近しい事例を見つけて背景を深掘り、「この抽象度であれば可能性がありそう」という類似テーマを設定することや、サービスリリースでなくて資金調達や有名な方の出資というようにトピックの軸を変えていくなど、妥協しながらも地道なコミットメントが必要ですね。
石川:最後にリスナーの皆さんにメッセージをお願いいたします。
おいなり:私は広報が好きで、自分のアイデンティティの一部になっています。広報の方々がより活躍できる環境をつくり、誇りを持ってこの職種を楽しめて、成果を上げることが重要だと信じています。
そのために、スタートアップ広報の方々を集めて勉強会を開催したり、日々の発信したりしています。今回のお話が皆さんにとって1つでも気づきがあったり、スタートアップや広報職に興味を持ったりするきっかけになっていたりしたらこれ以上の幸せはありません。ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか?
キャリナレ!では、今後も様々な職種を経験された方をお呼びして、経験された方にしかわからないキャリアのナレッジをたくさん聞いていきます。
次回もぜひお楽しみに。
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