転職が当たり前になりつつある近年、新しい企業と個人の関係をつくる場として「アルムナイコミュニティ」が注目されています。退職者と企業の関係性は今後どのように変わっていくのでしょう。
経験者にしかわからないリアルなキャリアナレッジを紹介する「キャリナレ!」シリーズ。「アルムナイコミュニティ編」ではアルムナイを実際に運営する方々に、退職者が集まる理由や、企業との関係性、活気のある場づくりの方法などのコミュニティマネジメント論に迫ります。
今回のゲストは、1,000名以上の規模を誇る「ソニー有志アルムナイ」コミュニティの立ち上げ、発起人である高橋 龍征さんです。
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「卒業生とwin-winの関係構築を」ソニー有志アルムナイ設立秘話
寺口:ソニー有志アルムナイは、2020年に設立後数ヶ月で参加者を急増させ、多数のイベントを実施して、2021年には「ジャパン・アルムナイ・アワード」奨励賞を受賞。現在は1,000名規模にまで成長していて、いまや日本屈指のアルムナイコミュニティと言えます。本日は、発起人である高橋 龍征さんにお越しいただきました。まずは、簡単に自己紹介をお願いします。
高橋:はじめまして、高橋と申します。代表を務めるconecuri合同会社では、企業のコミュニティ構築や人材育成プログラムの支援を行っています。経歴としては、CSK(現 SCSK株式会社)からソニー、その後サムスンで事業開発中心のキャリアを歩んできました。社外の活動としては、これまで複数のコミュニティ立ち上げ・運営を経験しており、その一環でソニー有志アルムナイの立ち上げも行い、現在に至っています。
寺口:最初にコミュニティをはじめたきっかけを教えてください。
高橋:直接的なきっかけは2007年に、寿司屋で偶然隣にいた人と、東京都中央区のご近所会を作ったことです。立ち上げて5年で300人近くが集まる会になったのですが、土地柄もあり、金融・広告などの大企業、メガベンチャー、経営者、官僚や政治家など、普段所属する会社や業界に閉じているだけでは出会えない多様な人と会うことができました。そこで、多様な人が繋がって化学反応を起こすのをみて、コミュニティ運営の面白さに気づいたのです。
寺口:その後、ソニーの有志アルムナイはどうして立ち上げることになったのでしょう。
高橋:私が新卒でCSKに入社した2000年ごろ、ERPが日本で広まっていたのですが、OracleやSAPといった主要ベンダーの日本法人代表の大半が日本IBMの出身者でした。
日本IBMとしては卒業生から先行してビジネスの話を持ってきてくれる、卒業生としては実績ができるといったwin-winの関係が成り立っていたのです。
ソニーでもそのような卒業生コミュニティがあるといいなと思ったのが、設立のきっかけです。実は、ソニーには「ソニー友の会」という会社公式の卒業生の会がありましたが、「勤め上げた人のための福利厚生と懇親の会」という色合いが強いものでした。友の会とは別に、現役ビジネスパーソン向けの会が必要と考え、「ソニー友の会」担当部門にアルムナイの設立を提案したのです。
ただ昔話をするだけではない。現役社会人が未来志向で価値創出する場
寺口:ソニー有志アルムナイはソニー友の会事務局と一緒に育てているのですか。
高橋:大前提としては独立運営で、会社から金銭面の援助はなく私自身もボランティアです。とはいえ様々なバックアップを頂いており、例えば立ち上げの際には、毎年会員に郵送している「ソニー友の会」会報でご紹介いただいたことで、一気に100人以上の参加申請をいただきました。
寺口:公式のアルムナイと、高橋さんが率いる有志のアルムナイで役割分担はありますか。
高橋:役割というより、対象と目的が異なります。公式はリタイアして働いていない方も含めた全ての卒業生が対象で、主に懇親を目的としています。一方、有志はビジネス等で現役の方限定で、ビジネス面での共創が目的です。それぞれ相応しいすみ分けがあるべきだと考えています。
有志アルムナイでは方針として、「内向き・過去向き」ではなく「外向き・未来志向」を重視しています。「うちの会社いいよね」「昔はよかったよね」という話ばかりしているような場には、暇人しか残りません。現在や未来を見据え、卒業生同士がオープンに連携しながら、新しい価値を共創していく方が楽しいはずです。
立ち上げ初期の要諦:目的設計と熱量が生まれるしかけづくり
寺口:ここからは、高橋さんのご経験をもとにアルムナイ立ち上げ〜運営〜活性化にいたるまでのノウハウを深堀りしていきます。まずは、立ち上げにおいて一番気を付けるべきことはなんでしょうか。
高橋:「前提条件を踏まえたうえで、目的やコンセプトをしっかり設定すること」と「長期間続けるための仕組みと推進力を明確にすること」です。
まず、アルムナイはあくまで目的を達成する「手段」であり、何のためにやるのか、どんな成果を実現するのかを明確にしなければなりません。会社側の立場で立ち上げるか、卒業した個人として立ち上げるかによっても、やり方や原動力は変わります。
成果が定義されれば、かけられる工数や予算なども目標ROIから逆算できるでしょう。業界、業種や個々の会社のカルチャーによっても、やり方は異なるはずです。このように、前提条件次第でアプローチ方法が変わります。
ちなみに、ソニーの有志アルムナイのケースでは、私から会社に提案しました。私にとって、コミュニティは15年以上続けているライフワークで、動機や効率的な運営ノウハウもあるので、一人でも立ち上げられる自信があったからです。
運営はボランティアですが、価値を提供できれば、やがて自然な形で還元されることは確信していましたし、実際に会社やメンバーとお仕事をすることに繋がりました。楽しんでやっているのですが、結果として労力に見合うものにもなっています。
寺口:では、立ち上げて人を集めた後に、コミュニティを盛り上げるためにはどうすればいいですか。
高橋:重要なのは「人数と熱量のバランス」です。ある程度の盛り上がりを生み出すには一定以上の人数が必要ですが、登録者の頭数を形だけ増やしても何も起こりません。そうすると、アルムナイのプラットフォームを作ったけれど事務局以外誰も投稿しないとか、イベントの集客が毎回焼畑農業になって事務局が疲弊する、という事態に陥ります。
ソニー有志アルムナイの立ち上げでは、コンパクトなオンラインイベントを2ヶ月弱で20回という短期集中で実施しました。イベントに参加すれば、運営メンバーと直接話したり、参加者同士が横のつながりを作ることができ、投稿してみようとか、イベントに参加してみようという気持ちを高められるからです。
オンラインイベントは、例えば「ソニー不動産立ち上げの話」「コミュニティの作り方」や「転職先とソニーのカルチャーの違い」など、カジュアルな内容で十分です。その回に来ている人の中から次のスピーカーを募り、日時やテーマも決めて、その回が終わるまでにイベントページを公開するくらいのスピード感で、どんどん形にしていきました。
寺口:コミュニティのセオリーとして「ゆっくり育てるべき」と聞きますが、「急速な立ち上げ」が重要なのですか。
高橋:これもバランスです。人数が少ない段階で頻繁にイベントをやっても疲れや飽きがでます。しかし、ソニー有志アルムナイの場合、立ち上げ2ヶ月で200人くらいにはなっていたので、意図して頻度を上げました。
アルムナイのようなコミュニティでは、イベントなどに一度でも参加すると「一員感」が出ます。そして熱量が最も高いのは、参加したタイミングです。その時に参加できるイベントがなかったり、あっても都合が合わず、その次の機会が3〜4ヶ月先となると、すぐに熱が冷めてしまいます。
コミュニティの活性化に大事なのは、単純な頭数の多さより、少人数でもいいので熱量が高い人たちがいて、周りをどんどん巻き込んでいくことです。小さくても種火がつけば、あとは自然に燃え広がっていくイメージです。イベントなどに繰り返し参加する人々の中からそういう人が生まれてくるので、運営はその機会を作るのです。
立ち上げ後の運営ポイント:参加者を迷わせないよう、ガイドラインを明文化
寺口:立ち上げ後、継続的にコミュニティを活性化させるために、どんなことに気をつけて運営されていましたか?
高橋:「運営チームを結成する」「ガイドラインを作る」の2点です。
まず、立ち上げ当初は参加承認もイベントの企画・実施も、私ひとりでやっていましたが、負荷が高い状態が続くと心が折れてしまうので、まずは参加承認のプロセスを担ってくれる人を公募しました。
ただ単純に公募するだけでなく、イベントへの参加回数が多いなど、熱量が高い方にこちらから声をかけることもあります。いたずらに頭数を集めるより、モチベーション高く自発的に動いてくれる人だけの少数精鋭にします。お互いが見極めるための「試用期間」を設けるのもいいでしょう。
あとは、参加者が投稿などのアクションを自らの判断でできるようにガイドラインを明文化しました。「この内容は投稿していいのだろうか」を判断する根拠がないと、大抵の人は遠慮してしまうからです。
また、人によって「こういう内容の投稿は良くないのではないか。」「いや、私はいいと思う」などと意見が分かれた場合、どちらが適切か判断する根拠にもなります。根拠もなく主催者が良し悪しを決めるのは、独断と批判されかねません。コミュニティにおいては、主催者であっても「法のもとに平等」の精神で、ガイドラインに従うべきだと考えます。
寺口:ガイドラインは、禁止事項をまとめたものですか?もしくは、「〇〇をしよう」という前向きな形でしょうか。
高橋:「あれは禁止、これもダメ」と、細々とした禁止事項を連ねているのを見ると、参加者の程度を低く見ている感じがします。そうではなく、「ここは未来志向で新たな価値を共創する場なので、新たなビジネスの創造につながることは歓迎」とか「お互いに価値があることを重んじるので、一方的な宣伝はNG」というように目指す姿やその背景を伝えるようにしています。
そもそもコミュニティは、会社組織と違って強制力のない自主的な集まり。単にガイドラインを作るだけでは不十分で、きちんと伝えて納得してもらわないと、機能しないでしょう。私たちの工夫としては、参加を承認したタイミングで場の趣旨やガイドラインを書いた記事のURLを、個別メッセージで送るようにしています。
寺口:現在、コミュニティの所属人数が1,000人超えとのことですが、なにか課題はありますか?
高橋:ポテンシャルが発揮しきれていないという課題は感じています。
アルムナイには異なる関心を持つ人が混ざりあっているため、ふわっとした集まりになりがちです。一般的なコミュニティは、例えば「誰々のファンコミュニティ」「人事の勉強会」のように、特定の関心を軸に「この指とまれ」で人が集まってできますが、アルムナイは、特定企業の出身者という「形式要件」を核とした人の集まりです。そのため、関心を軸とした集まりと比べて、参加する人のバックグラウンド、価値観、関心などに大きな幅があるのです。
コミュニティに携わる人はよく「混ぜるなきけん」と言って、目的が異なる人を1つのコミュニティに混ぜないように気をつけているのですが、アルムナイは、必然的にそのような矛盾を内部に抱えることとなり、結果、ふわっと元同僚が集まっただけの場になりやすいのです。
この問題を解決する一つの手段がサブ・コミュニティを作ることです。例えば、起業家同士、起業家と投資家、人事と人材紹介や人事コンサルといったような、関心や相互利益がマッチする属性同士を集めた「分科会」を作ることができれば、より価値を出せます。ただ、ここまでくると私と同じレベルでコミュニティをリードする人が、それぞれの分科会に必要になってきます。これはこれからのチャレンジです。
ただ採用目的はNG?うまくいかないアルムナイの特徴
寺口:高橋さんはご自身のnoteで「近年アルムナイが注目されている一方、世間の企業アルムナイの現状が心配」と発信されていましたが、その真意について教えてください。
高橋:私が個人的に危機感を感じてるのは、「カムバック採用に役立つことばかり強調されている」「ツールさえあればコミュニティが簡単にできる、という安易な考え方」という2点です。
会社がカムバック採用という実利を追うこと自体は何ら問題はありません。しかし、アルムナイというコミュニティの主体は卒業生です。カムバック採用成功などといった会社の成果は、卒業生が参加する価値のある場を作った結果として返ってくるもの。そうした相互利益の観点もなく、自分たちのメリットばかり打ち出しても、卒業生は「踊って」くれません。
また、カムバック採用は、対象が卒業生に限られるので効率が良い施策とは言えません。相手に先に価値を提供してから、自分たちに返ってくるのを待つので時間もかかります。紹介会社や採用広告など、短期的・直接的に効果の出る他の選択肢と比較検討せず、「流行っているから」という安易な理由で飛びついても、成果にはつながらず、道半ばで止めることになるでしょう。他の手段との比較や補完を考えた上で、それでもやるべきか判断すべきです。
寺口:私は企業のアルムナイ担当者から「そもそも人が集まらない」「グループが盛り上がらない」「イベントに来た人が2回目以降来ない」「メンバー固定化」といった悩みをよく聞きます。人が集まらないという点に関して、いかがでしょうか?
高橋:典型的な問題ですね。人が集まらないのは、「再就職のためにアルムナイを作ったので、皆さん来てください」というスタンスが一因かと思います。
価値がありそうだと思うから手数をかけてメンバー登録し、人に勧めてくれるのです。会社や他の卒業生との関係ができ、そういう人たちの役に立ちたいから、あるいは、投稿すればいいことがあるから、投稿するのです。イベント参加も同様です。ツールを導入しただけでアルムナイができるわけはありません。ツールはあくまで手段であり、中身を魅力的にすることが先です。
カムバック採用も同様です。ツール登録者に案件情報を流せば何か起きるわけではありません。今の会社では自分の目指す未来を実現できないと見切りをつけたから転職するのです。そんな人が、辞めた時と変わり映えのしない仕事しかない会社に戻りたいとは思いません。
例えばソニーは、宇宙ビジネスや電気自動車などの新規事業に積極投資しており、そういった新しい面白そうな仕事があるなら携わりたいと思う人もいるかもしれません。そのように、会社自らが変わって、新しい魅力を生み出し、それを相手に伝えることが先です。
寺口:コミュニティを活性化するためにやるべきことは、具体的に何がありますか。
高橋:コミュニティは、セールスのようなすぐ結果につながるものではありません。まずは相互利益の構造を作ることです。参加者同士が繋がり、場が温まったうえで、新しい仕事の機会などの価値を提供することだと思っています。価値提供の一例として、現役時代になかった仕事の機会を誰かが提示すると、誰かが手を挙げる、または外部の人を紹介するというサイクルが回ります。
そもそも会社に魅力があり、出身者が社外で活躍している姿を見ると自然に集まるかと思います。まずはどのような価値を提供できるか、何のために卒業生がここに来るか、を考える必要があります。参加者は時間を使う以上、実利を考えます。「いますぐ転職したい」人は多くはないので、それ以外の多様なニーズに応えられることも大事です。
退職者と企業の良好な関係性の発信が企業採用にとってもメリットに
寺口:ソニー有志アルムナイでも、仕事が生まれていますか。
高橋:参加者同士でも仕事になりますし、出身企業から新しい仕事を受けたり、新しいプロジェクトを一緒に立ち上げるなどもあるかと思います。私自身も、繋がりの中から思いがけず仕事を頼まれた経験は何度もありますし、私もちょっとした案件がある時は、アルムナイにも案内するようにしています。
寺口:コミュニティの中では、ソニーの現役社員のコミュニティと連携するようなイベントもあるそうですが、現在ソニーの方との関係性はどうなっているのでしょう。
高橋:現状は社内の有志コミュニティとして、月に1回、100数十人が参加するオンラインイベントを実施しています。今後は会社との公式な連携も強め、会社に価値をもたらす取り組みを増やしたいと考えています。これまでの実績として、ソニーの新卒採用イベントにアルムナイメンバーが登壇したり、シニア社員向けのセカンドキャリアセミナーにロールモデルとなる卒業生を紹介するなど、人事との取り組み実績はあります。
寺口:私は三井住友銀行(以下、SMBC)の卒業生なのですが、SMBCさんでも同様に、卒業生が登壇したイベントを実施したところ、世間からの反応がとても良かったです。(※)卒業生から採用するだけではなく、卒業生の存在を社外発信することは、企業採用においてメリットになりますよね。
※ONE CAREER PLUSが集めた、SMBCの退職者の本音はこちら
高橋:おっしゃる通りだと思います。辞めた人に対して塩をまいて「2度とくるな」という態度の会社は、自分も退職した時にこうされるのだろうな、と思われるはずです。転職が当たり前の若い世代や優秀な人材に魅力を感じてもらうには、「卒業しても良い関係で、かつ成功を後押しする」態度を見せることが必要ですね。
寺口:高橋さんのお話を聞いて、退職者と企業の関係性のひとつの理想の姿がわかりました。ありがとうございます。今日聞ききれなかった、高橋さんのアルムナイコミュニティ運営ノウハウは高橋さんのnoteでも見れるのでぜひ気になった方はのぞいてみてくださいね。
いかがでしたでしょうか?
キャリナレ!では、今後も経験された方にしかわからないキャリアのナレッジをたくさん聞いていきます。
次回もぜひお楽しみに。
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