有名大学を卒業してから、20代を仕事に捧げてきた。定時で帰れる日なんてなかったし、眠れないほど悔しい思いも、涙ぐむほどの達成感も、必死に打ち込んだ仕事がくれたものだった。たまに友達と集まった夜は、「私たちバリキャリかも」なんて茶化しながら、仕事の愚痴をアルコールで流した。
気付いたらあっという間に30代。
ライフイベントや心身の変化のなかで、キャリアに迷うことが増えてきた。変わらず仕事に打ち込む人、家庭に比重を置く人、人生をガラッと変えた人も。みんなそれぞれの道を歩き始めた。
かつて、バリキャリだった私たちへ。
ねえ、今どんな暮らしをしてる?
何に悩んで、何と戦ってる?
これから、どんな未来にしたいと思ってる?
乾杯して、飲み込んできたホンネを教えてよ。
女性の「キャリアの交差点」をリアルに描く連載コラム、今日のお相手は?
冷たい雨が、清澄白河の街を濡らしていた。
待ち合わせは、彼女がかつて「自分へのご褒美」として通っていた、運河沿いのカフェビストロ。ランチタイムの店内は、カトラリーの触れ合う音と話し声が心地よいリズムを刻んでいた。
「久しぶり。入学おめでとう」
「ごめんね、授業が長引いちゃって」
入り口から現れたアズサは、見違えるほどエネルギーに満ちあふれていた。
ばっさりと切った髪が耳の下で揺れている。かつてアンテプリマの小さなバッグを掛けていた肩には、分厚い教科書を詰め込んだアークテリクスのナイロンリュック。雨の日の駅までの道のりを確実に歩くための、履き慣れたニューバランスのスニーカー。以前よりもずっと健康的な躍動感が伝わってくる。
アズサがオーダーしたのは日替わりのパスタランチ。昔の彼女なら、迷わず食後のコーヒーを付けていただろう。けれど今は、セルフサービスのデトックスウォーターを丁寧にグラスに注ぎ、小さく微笑んだ。
「実家に戻ってからは、ランチに千円以上出すなんてめったにないからさ。
今日は久しぶりの贅沢なんだ」
アズサは去年の春から3年制の専門学校に通っている。目指しているのは医療の専門資格。かつて外資テック企業で働いていた彼女が、なぜ全てをリセットし、収入ゼロの学生に戻ったのか。
ひとしきり近況を話した後、私はグラスを置いて切り出した。
「で、どうなの? ほんとのところ」
アズサは、窓の外の運河を雨粒越しに見つめながら、静かに、そして熱を帯びた声で語り始めた。
年収600万・フルリモート。けど、空っぽな暮らし
なんか信じられないな。一年前まで、すぐそこのマンションで朝から晩までPCに向かってたんだよね。
外資系って、マイナーな会社でも給料いいんだよね。私はカスタマーサポートだったからセールスほど稼げないけど、同じような職種のなかでは十分すぎる待遇だった。何より、コロナの時にフルリモートになってからは通勤のストレスもないし、職場の人付き合いに気を遣うこともなかった。
20代でそこそこ稼いでて、都心のマンションで在宅勤務。きっと理想の暮らしに見えたと思う。
でもね、私の心は、その頃が一番「空っぽ」だったんだ。
カスタマーサポートの仕事って、数字でシビアに管理されててさ。稼働率、応答数、顧客満足度……何もかもトラッキングされていて、リモートだけど一瞬も気が休まらない。チャットの通知音が鳴るたびに動悸がしたもんね。窓の外はいい天気なのに、私はずっと、画面を見つめて1日が終わってた。
必死にチャットとWeb会議をさばいてると、夕方には誰とも話したくない気分になるんだ。
現実世界では、ひとりぼっちの部屋で過ごしてるのにだよ。それって怖くない?
生成AIの波で崩れた「砂の城」
そんな毎日が続いて、ふと不安になったんだ。
「私、なんでこんなにお給料をもらえてるんだろう?」って。
やってることは自社のサービスに詳しくなることだけ。外資だけど英語はほとんど使わないし、成長してる実感なんて全くなかった。
だから、Linkedinで同じような職種の求人がどんどん減っていくのを見て、むしろホッとした。私は運良くこのポジションに滑り込めたから、できるだけ長くしがみつかなきゃ。そうやって自分に言い聞かせてたんだ。
仕事を辞めようって踏ん切りがついたのは、初めてChatGPTを触ってみたとき。
さらに・・・



