こんにちは、トイアンナです。
「地元の友達と、何を話せばいいかわからなくなったんですよ」
この言葉を聞いたとき、あなたはどう感じますか?
そこで、
「嫌味だな」
「どうせマウントを取りたいだけだろう」
と、切り捨てるのは少しお待ちいただきたいのです。
というのも、私に転職相談をくださる方の中で、年収が跳ね上がった直後の方ほど、この手の話を小声で始めるからです。しかも、決まって「こんなこと言うと感じ悪いんですけど」という枕詞つきで。
年収1,000万円超は、給与所得者のトップ6.2%
国税庁の民間給与実態統計調査(令和6年分)によれば、給与所得者は約5,137万人。そして平均給与は478万円です。
そのうち年収1,000万円を超える人は6.2%、およそ318万人にとどまります。
つまり、大学の同期が100人いたとして、その水準にいるのは6人程度。
地元の同級生ならもっと少ないでしょう。
昇進や転職で年収が跳ね上がることは、統計的に「同級生の中の例外」になることを意味します。そして例外になった人間は、それまで空気のように共有していた価値観を、ひとりだけ失います。
ズレは「価値観」ではなく「前提」から始まる
外資系メーカーへ転職し、30代前半で年収が1,200万円になったMさん(仮名)は、こう振り返ります。
大学のサークル仲間で年1回飲むんですけど、去年、家の話になったんですね。みんな『そろそろ郊外にマイホーム』って盛り上がってて。私は都心の賃貸なので『買わないの?』って聞かれて、『通勤時間がもったいなくて』って答えたんです。そしたら、場が、しーん、としちゃって。……別に自慢のつもりじゃなかったんですよ。ただ、私にとって通勤1時間半は無理だっただけで
Mさんには「時間は金で買うもの」、ご友人たちには「住居は資産として買うもの」という前提がありました。どちらも正しく、どちらも自分の生活ではわかっていること。
だからこそ、議論にならずに沈黙だけが残ったのです。
この「年収差による前提のズレ」は、だいたい3つの領域で表面化します。
住む場所……「家賃23万」と言った瞬間に、相手の表情が固まります。
金額を言わなければ会話が成立せず、言えば空気が変わります。
お金の使い道…… 「タクシーで帰った」「マッサージに行った」が、片方には日常で、片方には贅沢。悪気なく話した支出が、悪気なく浪費として受け取られます。
子育ての基準……「中学受験どうする?」という問いは、公立か私立かを聞いているようで、実際には年間100万円を出せるかどうかを聞いています。この問いに答えた時点で、経済状況を開示したことになります。
高収入者の孤独は、統計に出てこない
内閣官房の孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和4年)によれば、孤独感が「しばしばある・常にある」人は全体の4.9%。そして、世帯年収が低いほど孤独感は高い傾向が示されています。経済的に苦しい人ほど孤独である、というのがデータの答えです。
つまり「年収が上がると孤独になる」は、統計的に支持されていません。
だからこそ、この孤独はやっかいなのです。
数字の裏づけがない。同情も集まらない。「贅沢な悩み」で片づけられる。相談すれば自慢に聞こえ、黙っていれば誰も気づかない。行政の支援対象にも、SNSの共感対象にもならない孤独。
ちなみに、荒川和久氏がまとめたデータでは、50代男性の37%が「友達が1人もいない」と答えています。年収に関係なく、日本の中年は友人を失っている。ハイクラスの孤立は、その一般的な現象に「言い出しにくさ」というオプションがついただけ、とも言えます。
なぜ、話が合わなくなるのか
なぜ孤独になるのか。それは、Mさん個人のコミュニケーション能力の問題ではありません。3つの構造があります。
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