急速に変化するビジネス環境の中で、コンサルティング業界はどのような変革を迫られているのか。そして、この業界でキャリアを積むために必要な要素とは何なのか。
世界有数の戦略コンサルティングファーム「ベイン・アンド・カンパニー」のアジア太平洋地域代表・奥野慎太郎氏と、同社出身で企業のAIトランスフォーメーションを推進する「FLUX」のCEO・永井元治氏が対談。業界の最前線で活躍する両氏が、コンサルティングの現在と未来、そして求められる人材像について語った。
奥野 慎太郎
ベイン・アンド・カンパニー アジア太平洋地域代表
京都大学経済学部 卒業
マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院経営学修士課程(MBA)修了
東海旅客鉄道株式会社(JR東海)を経て2003年にベインに入社。産業財・自動車、テクノロジー、消費財、流通等の業界においてM&Aや事業ポートフォリオ戦略、構造改革などを中心に幅広い分野の経営支援を手がける。2025年7月からアジア太平洋地域代表を務める。
永井 元治
FLUX 代表取締役CEO
慶應義塾大学法学部法律学科 卒業
ベイン・アンド・カンパニーに入社し、大手通信キャリアの戦略立案・投資ファンドのデューデリジェンス・商社のM&A案件などに従事。2020年「Forbes 30 Under 30 Asia、Media, Marketing & Advertising部門」選出。2018年5月に株式会社FLUXを創業、代表取締役就任。
はじめに:ベイン・FLUXの会社紹介
──まずはベイン・アンド・カンパニーという会社と、奥野さんのご経歴について教えていただけますでしょうか。
奥野: 1973年にボストンで設立された、経営コンサルティングファームです。日本に来て40年ちょっとになりますが、業界を超えて幅広い業界の経営層の方々のご支援をしています。
私自身は2003年に転職でベインに入社しました。元々は1999年に大学を卒業後、JR東海に入社し、新横浜駅の駅員や新幹線の車掌、運転士を4年ほど経験してからの転職でした。その後2007年にベインの社費留学でMITに2年間留学し、現在に至ります。
──続いては、永井さんからFLUXがどのような会社なのか教えてください。
永井: FLUXはAIを使って企業の生産性を改善する事業を3つの領域で展開しています。
1つ目は、Webサイト上のデータをAIなどで分析して最適化を行い、広告収益の最大化や運用工数の削減をするSaaS事業です。2つ目は、大企業のAI戦略立案やAI導入によるビジネスプロセスの効率化を行うAIコンサルティング事業です。3つ目は、AIを活用した人材紹介事業で、DXを推進するにはテクノロジーはもちろんですが、何より「人」が重要なため、AI・DX人材をご紹介しています。
──永井さんは新卒でベインに入社されたそうですね。入社のきっかけやその後の企業の経緯についても教えてください。
永井: 私が就職活動をしていた当時はコンサル業界の選考時期がとても早く、3年生の夏から秋頃に内定が出る状況で、ベインが最初の内定でした。魅力を感じたのは、まず人の良さです。相手へのリスペクトがあり、仕事ではプロフェッショナルですが、プライベートでは非常に優しく面白い人が多かった。
もう一つはグローバルな環境です。社内メールや全社ミーティングは基本的に英語で、海外からのトランスファーや海外出身の方も多く、日本にいながら擬似的にグローバルな環境で働けることに魅力を感じました。
世界有数の戦略ファーム・ベインの組織カルチャーとは
──コンサルについてよく知るお2人にお越しいただいたので、業界のことやキャリアのことを様々な角度で伺いたいとおもいます。最初のトピックは組織作りやカルチャーについてです。まずはベインの組織作りで大事にされていることを教えてください。
奥野: カルチャーそのものを非常に大事にしています。我々は非上場会社なので、何のために会社をやっているのかと言えば、大事にするカルチャーとミッションに共感する方々が集まって、世の中の役に立つために活動しています。
いくつかキーワードがありますが、一つは「True North」です。方位磁石が示す磁北ではなく、地軸が通る本当の北を指すように、お客様が思い込んでいることや世の中の通説とは少し違うところにある真実を早く指し示すことを大切にしています。これはお客様に対してもそうですし、社内でも立場や経験の違いに関係なく、正しい意見があればそれに向き合うということです。
2つ目は「One Team」です。ダイバーシティという言葉が出てくる前から、様々な立場のマイノリティの方々も気持ちよく働けるよう制度を整えてきました。「A Bainie never lets another Bainie fail」(ベインの人は他のベインの人を失敗させない、見捨てない)というカルチャーが徹底されています。
また、「This is not a position but a role」(これは地位ではなく役割である)という考え方も重要です。リーダーも組織に必要な役割としてやっているだけで、人間として優れているとか偉いということではありません。
──永井さんはFLUXの組織づくりにあたって、ベインでの知見を取り入れている部分はありますか?
永井: 非常にあります。私たちのミッションは「日本経済に流れを」で、ビジョンは「AI時代における企業のベストパートナーになる」です。そして、日々の業務を行う上での行動指針として5つのバリューを定めています。
FLUXのバリューの一つに「80/20」があるのですが、これはベインで使われていたものをそのまま使わせていただいています。20%の事柄が80%の結果を規定するという考え方です。
また、ポジションではなくロールという考え方も意識しています。組織内で上に立つ役割はありますが、それが偉いということではなく、あくまでミッション達成のためのロールであるという点を参考にしています。
スタートアップは何もない状態から人を集めるため、ミッション、ビジョン、バリューや、様々な考え方から生まれるカルチャーは組織を作る上で重要な要素だと感じています。
──取り組むトピックやチームが状況に応じて変わっても、インパクトを出すために重要な要素は2社とも共通して持たれているように感じました。
ベインとFLUXの成長戦略―経営者のアドバイザーとAIの最前線
──次のトピックです。組織カルチャーに共通点がある2社が、どのような成長戦略・経営戦略・組織戦略を持っているのかをお聞きします。まずはFLUXの今後の経営戦略、組織戦略はいかがですか。
永井:AIというキーワードに重きを置いて事業に取り組んでいます。直近数年のジェネレーティブAIの発展により、今までのビジネスプロセスがどの企業も大きく変わっていくと考えています。
私たちの強みは企業のAI活用における最適なソリューションをニュートラルに提案できることです。例えばAIベンダーであれば自社プロダクトの導入が前提となっていたり、コンサルティングファームであれば特定のITツールとのパートナーシップを結んでいることで、そのITツールを推した提案をするケースもあります。
私たちはAIに対する専門性を持ち、AIによって事業課題を解決するという観点で、モデル・アプリケーション・インフラといった多様な選択肢の中からベストなものを提案することができます。これは2ヶ月前の定説が大きく変わってしまうこともあるAIの世界では柔軟性が重要であると考えているためです。
組織については、創業時から5つのバリューでメンバーの採用や評価を行っています。評価はバリュー評価(行動評価)50%、OKR評価(成果評価)50%という構成にしており、変化が激しい時代にも耐えられる普遍的なテーマをバリューに散りばめています。
──続いて、ベインについても教えて下さい。コンサル業界が群雄割拠と言われる中で、ベインのポジショニングをとられていくのでしょうか。
奥野: いくつか鍵となる要素があります。
1つ目は、経営者のアドバイザーであることです。コンサルを使われる方の裾野は増えましたが、トップマネジメントに寄り添って会社の変革を促すアドバイザーはそれほど増えていません。我々は元々の強みである経営者に対するアドバイザリーにフォーカスしていきます。
2つ目は総合力です。我々は現在もジェネラリスト戦略を取っています。永井さんも通信会社、商社、投資ファンドなど様々な業界のプロジェクトを経験されました。専門性の面では、お客様であるCEOの方々の方が特定の領域でより長く経験を積まれている場合が多いでしょう。
一方で、ベインのコンサルタントは幅広い業界知識を活かし、CEOの方々の認識とは異なる視点を提供することで価値を生み出しています。それは我々が多様な経験を積んできたからこそ実現できるのです。
ただし、これを一人でやるのは限界があるため、サイロ化を避け、グローバルのオフィスや様々なグループと連携し、ワンチームで協力しながら価値提供していくことが特徴です。
3つ目はテクノロジーです。テクノロジーと戦略はもはや不可分であり、場合によってはテクノロジーの可能性を踏まえた上で戦略を構築しないと実現性が乏しい絵空事になってしまいます。
だからこそコンサルタントはテクノロジーに精通していることが重要です。我々はデジタル部隊を独立させるのではなく、デジタルスペシャリストやソフトウェアエンジニアも含めてワンベインでやっています。テクノロジー部隊だけを切り離して事業部化したり、デジタル部隊だけでPLを持たせることはしていません。
AIがもたらすコンサル業界の構造変化
──今お話しにあがったAIを始めとしたテクノロジーの変化は、お客様と対峙する中でも向き合うイシューになっていると思います。ここからはAIをテーマにもお話しを聞きたいのですが、まずはFLUXのAI支援サービスについて、展開の背景や強みを教えてください。
永井: FLUXはSaaS事業からスタートしましたが、一般的にSaaSは点のソリューションであり、経営全体のアジェンダから見ると限定的なインパクトしか与えられないもどかしさがありました。そこで、AIを用いて企業の業務フロー全体を見た時に、様々な領域で支援できるのではないかと考え、この領域に参入しました。
──AIのようなニュートピックをキャッチアップすることは皆さんにとって難しいと思います。顕在化している課題にソリューションを提供するというより、課題の発見から一緒にやるというスタンスが求められるかと思うのですが、サービス提供にあたっての強みや意識していることはありますか?
永井: 私たちの強みは2つあります。1つは先ほど述べた最適なソリューションをニュートラルに提案する姿勢です。もう1つは、ビジネスコンサルティングもセットで提供していることです。ツールを持参しただけでは導入されずに終わってしまうため、事業上の課題や組織内部の力学も含めて支援することで、初めてツールによる効率化が実現されます。
また、AIの変化の速度は過去のテクノロジーの変化とは全く違うと感じています。例えば過去のDXが10〜15年かかったものが、AIの場合はもっと早く進むのではないかと思っています。
──奥野さんは、AIがコンサル業界にもたらす影響をどう見ていますか。
奥野:3つの階層があると思います。
1つ目は、AIで会社をどう変えるかという階層です。AIをどう使うかという永井さんのような支援もありますが、AIでフリーアップされたリソースや人の力をどうするかがセットでないと、単なるコストアップになってしまいます。人材がせっかくいるなら、それをどこにどう活かす方が価値が出るのかというコンサルティングとセットでないと、真のAIアドバイザーにはなれません。
2つ目はAIの間接的影響です。AIが導入されることで、データセンター業界や、そこにクリーンエナジーを供給する水素・アンモニアなどの次世代発電源の開発が伸びています。AIによる社会の大きな需要変化をどう捉えていくかも重要な階層です。
3つ目は我々自身のAI実装です。例えば、初めてお会いする経営者について、以前なら若手に2〜3日調べてレポートを作ってもらっていましたが、今はDeep Researchで、新卒が2日間かけて作成するより有用な情報を瞬時に引き出せます。従業員アンケートでも、今は全てAIに投入してGPTのようなものを作り、対話しながら示唆を得ています。
アナリストの活躍の場が変わることを恐れずにAIの実装を進めていますが、同時にアナリストの役割を再定義していかないと、次世代のアドバイザーが育たないという課題もあります。
次世代コンサルタントに求められる資質
──最後にキャリアのトピックです。お2人から若手に向けてキャリアのアドバイスをいただきたいと思っています。まずはFLUXが若手に求めること、期待することはなんでしょう?
永井:2つの観点があります。
1つ目は変化に対して恐れずキャッチアップしていくことです。AIの進化は非常に早く、半年前の常識が半年後には全く違うものになっていることもあります。自分の学んだものをアンラーンして、どんどん新しいことを学んでいける方を求めています。
2つ目は自主性です。スタートアップでは一人一人の持てる裁量が非常に大きく、組織がかっちりしていない分、一人がやったことが企業や顧客に大きなインパクトを与えることがあります。オーナーシップを持って行動したい方、若いときから活躍したい方が非常にフィットしていると思います。
──ベインが若手に求めること、期待することはいかがですか?
奥野:3つの要素があります。
1つ目はEQとIQのバランスです。AIの時代だからこそより重要になります。左脳で考えるだけでは人は動かないので、右脳的に相手に共感し、悩みを聞き、一緒に考えるというEQの力とIQのバランスが必要です。
2つ目はグローバルな視座です。これは帰国子女である必要はありません。海外で起きていることに関心を持って、偏見を持たずに知識を吸収し、様々なバックグラウンドを持つメンバーとコラボレーションができることが重要です。今英語ができなくても結構ですが、食わず嫌いでないことが大切です。
3つ目は自己主張です。将来こうなるのではないかということに対する、その人なりの見方や主張を持っていることが非常に重要です。過去のコンサルは知識ギャップで価値を提供していましたが、AIテクノロジー時代では、それだけでは価値を提供できません。
過去の解釈や知識ではなく、将来こうなるのではないかという主張が必要です。それを社内のシニアにぶつけ、クライアントにも聞いていただき、議論して答えを紡ぎ出していくことが価値になります。
読者へのメッセージ
──最後に、キャリアを考える若手ビジネスパーソンにメッセージをお願いします。
奥野: 転職そのものが正しい選択かどうかは胸に手を当てて考えていただきたいですが、せっかく環境を変わられるのであれば、潰しが効く選択をするより、思いきって正面から挑戦し、たとえ失敗しても前向きな学びを得るような経験をしてほしいと思います。
日本の経験しかない方はグローバルな経験にチャレンジしたり、数字分析が苦手ならあえてそういう分野に思い切り取り組むなど、若いうちは前向きに思いっきり挑戦し、成長の糧となる「前向きな転び方」をされるのがいいのではないでしょうか。
永井:仕事は1日の3分の1の時間を費やすものなので、自分自身が情熱を燃やせるものであることがすごく大事だと思います。給料のため、生活のために働くのももちろんありますが、同時に日々生き生きと活力を持って仕事に向かっていくことができると、人生の充実度が非常に高くなります。
FLUXは時代の最先端を行く事業にチャレンジしており、若いメンバーで構成されたエネルギッシュな環境です。そういった環境に興味がある方とぜひ一緒に働きたいです。
──永井さん、奥野さん、ありがとうございました。



