多くの日本の製造業が海外市場で苦戦する中、グローバル市場で強さを見せる「ダイキン工業」。国内では家庭用エアコンのイメージが強いが、170以上の国・地域に展開し、空調分野で世界ナンバーワンの売上を誇る。
その圧倒的な強さの源泉を探る特別イベント「DAIKIN Tech Conference」に、同社の商品・技術開発から研究開発までをリードする米田裕二常務執行役員が登壇。ワンキャリア取締役の北野唯我が対談で迫った。
米田氏が語った、日本のものづくりの課題、空調技術が握る社会の未来、そしてこれからの技術者に求められるスタンスとは。イベントのエッセンスをレポートする。
米田 裕二
ダイキン工業常務執行役員
1987年にダイキン工業に入社後、家庭用・業務用エアコンや住宅設備など幅広い商品開発に携わる。その後、2014年に執行役員に就任。2015年11月にはテクノロジー・イノベーションセンター(TIC) 設立と同時にセンター長に就任し、全社のR&Dを牽引している。
「ものづくり」は強いが「価値づくり」が不得意。日本の製造業が直面する課題
北野:ダイキンの技術トップであり、経営陣でもある米田さんは、日本のものづくり・製造業が直面している課題をどのように捉えていますか?
米田:日本のものづくりは高品質・低コストで戦ってきましたが、昨今は苦戦する領域が増えています。自動車産業は頑張っていますが、白物家電などは大変苦戦を強いられています。
理由は、これまで日本の製造業はものづくりには強かった一方、「価値づくり」が不得意だったからではないかと考えています。iPhoneやテスラのような価値づくりが、日本の会社はできていないのが現実だと考えています。
北野:空調業界はいかがですか?
米田:空調は高い技術力に加え、販売力とサービスが重要です。機器のメンテナンスなどを通じたバリューチェーンがあり、売り切りのビジネスではない点が他の製造業と違います。
また、ダイキンは早くからグローバル展開し、欧州、北米、中国、アジア、インドなど全地域で強いのが特徴です。日本の製造業の中でも、ダイキンの場合は伸びしろしかないと思っています。
北野:確かに空調はどの国でもニーズがありますし、伸びしろもありそうですね。
米田:一方で、価値づくりは他の製造業と同様に課題です。これからソフトウェアやAIをテコに、空気を価値にしてそれを商用化していく必要があります。
グローバル競争を牽引する技術開発の心臓部TICとは
北野:米田さんがセンター長を務めるテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)は、どのような位置付けの組織ですか?
米田:従来の研究所と異なるのは、事業部門と一体となって商品開発や研究開発を進める点です。いわばハイブリッド型の開発であり、TICはグローバル全体で推進する際の総本山という位置付けです。
北野:具体的には、どのようなテーマに取り組んでいますか?
米田:空調機のコア技術である圧縮機、モータ、インバータなどの技術開発が主です。その他、ソフトウェア開発や空気の価値化にも取り組んでいます。
中でも、省エネ型インバータは今、世界中で求められています。地球温暖化が大きな問題となる中、省エネ型インバータはコスト削減だけでなく、CO2排出削減にもつながるからです。
北野:地図を見るとインドや北米はまだインバータの普及率が低いですが、今後はインバータ化が進むのでしょうか?
米田:はい。自動車業界で言いますとEV化と同じ流れです。普及率が低いアメリカやインドでも、温暖化対策として省エネ機器の普及が急務です。ダイキン工業が得意なフィールドに世界の市場が動きつつあります。
2050年に需要3倍。地球の未来を左右する空調技術とAIの可能性
北野:空調機の今後の可能性をどう見ていますか?
米田:2050年に世界の需要台数は約3倍(2019年比)に膨らむと予想されています。これはインドやアフリカなどのグローバルサウスでの普及拡大によるものです。
今後、効率の悪いエアコンが普及すれば、CO2排出増や電力逼迫で温暖化に拍車がかかります。省エネ性の高いエアコンは日本が強い領域であり、ダイキンにとってはチャンスです。
北野:世界が変わろうとする瞬間に、技術のトップ・経営陣として働けるのは、非常にやりがいもあり、楽しそうです。
米田:そうですね。会社も成長し、単に売上・利益が上がるだけでなく、地球環境や社会課題の克服に貢献できる。大変ワクワクしながら毎日仕事をしています。
北野:AIと空調の関係についても教えてください。データセンター冷却技術の米国企業を買収されていますね。
米田:AIを動かすデータセンターの冷却に関わっています。NVIDIAのようなチップの発熱量が上がると、サーバー単位やチップそのものの冷却技術が求められます。
買収した会社の技術とダイキンの全体空調を組み合わせ、エネルギーマネジメントによってデータセンターの消費電力を抑え、CO2削減につなげる計画です。
専門性を3つ持て。そして「問いを立てる力」を磨け
北野:米田さんご自身のキャリアで、印象に残っている開発を教えてください。
米田:自分が開発した商品が世の中に出たときは一番大きな感動がありました。ヒットせず鳴かず飛ばずの商品もありましたが、チャレンジしたときのやりきった感、「このエアコンはお父さんが設計したんだよ」と子どもに自慢できるのが技術者としての喜びです。
北野:技術者として成長を実感した出来事はありますか?
米田:入社4、5年目の転勤であるプロジェクトに参加したとき、自分の生涯を左右するような恩師に出会いました。その方に冷凍・空調の基本をみっちり仕込まれました。当時は嫌で仕方がなかったことも、振り返れば大きな成長につながったと思います。
北野:ご自身の経験を振り返ったとき、これからの技術者が持つべき視点やスタンスについて、どうお考えですか?
米田:私自身はキャリアが思うように行った方ではなく、大変な部署を転々とし、どん底から這い上がるのが得意になりました。
振り返ると、大事だったのは、自分の専門領域外も含めあらゆることに好奇心を持つこと、困難に真正面からぶつかり粘り強く解決すること、そして楽観的に「絶対良くしよう」と考えることです。
皆さんにも思考の柔軟性と、リスクテイク(あえてリスクを取ること)を求めたい。思い切ったチャレンジをどんどんしてほしいです。
北野:社内ではどのような発信をされていますか?
米田:「専門性1つではダメだ、専門性を3つ持て」と言っています。例えば機械だけでなく、電気やソフトウェアも分かるようになれば視野が広がり、課題を設定できる力がつきます。
課題を解決する力も必要ですが、最終的には「解くべき問いは何か」を考える課題設定能力が大事になります。若いうちから「問いを立てる力」を磨いてほしいです。
企業文化は戦略に勝る。売上8倍成長を支えた「フラットな組織」
北野:ダイキンはこの20年で売上8倍以上と急成長していますが、それを支えた企業文化の特徴は何ですか?
米田:名誉会長の井上もよく言いますが、「企業文化は戦略に勝る」。ダイキンの文化は、「経営力×技術力」が非常に強いことです。技術力があっても経営力が良くない会社もありますが、ダイキンは両方強い。
さらに、経営陣と現場がすごく近い。フラットな会社なので、アイデアを「じゃあ、試してみよう」と意思決定するのが非常に早いです。バイタリティーと行動力のある社員が多いと思いますね。
北野:米田さんご自身が、若い技術者と接する際に意識していることはありますか?
米田:若い人には「本質を見極める目」を磨いてほしいとよく言っています。今ダイキンがやるべきことは何かを考える視点です。
逆に私が若い人から学ぶこともあり、彼らのアイデアをいかに早く事業化するかが私の使命です。キャリア採用で来た方は「役員とこんなに近いんですか」と驚きますが、それが当たり前。技術者は機械に向かいがちですが、ダイキンは人と人との繋がりを大事にします。
北野:最後に、ダイキン工業に興味を持った方にメッセージをお願いします。
米田:ダイキン工業は非常に働きやすく、また世界相手に戦う働きがいもある会社です。興味を持った方は、ぜひ我々と一緒に世界のフィールドで戦っていただきたいですね。










